第弐話:師匠と弟子 +++ 第三の街から外れた所に斎は到着する。斎の額から汗が流れる、疲れは微塵も感じさせない。 そして目の前の出来ごとに愕然とする、辛うじて立っていられるだけであろう由蘭は、ふらふらとした足取りで前へ前へ懸命に進もうとする。 「由蘭!?」 斎は慌てて由蘭の元へ走り出す。紅於と戦ったのか、勝ったのか、負けたのかは検討つかない。 何故なら、この場に紅於の姿が存在しなかったからだ。 由蘭は右手で腹部を抑えながら激痛に耐える。激痛の中、左手は武器である本をしっかりと握りしめている。 「斎……様、何故此処に」 「由蘭!!」 斎は由蘭を抱きしめる。傷だらけの身体。 「斎様……頼みがありますわ」 由蘭は決意する。斎が何故、目の前に現れたか理由などどうでも良かった。 ――だって斎様はわたくしと戦おうとしていない 斎の瞳に浮かぶのは悲傷、心配、愛情。殺気や戦意は存在しない。 否、最初から斎は由蘭に対して殺気を放ったことは一度もない。 「何だ」 「わたくしを殺して下さい」 予想外の言葉に斎の瞳が驚愕に染まる。抱きしめる腕の力が緩む。 ――今、なんと 「わたくしは、長くありません。この傷を見れば医学に詳しくない、わたくしでもわかります。ですから――わたくしを斎様の手で殺して下さい」 由蘭の最期の頼み。斎は首を横に振る。大切な弟子を仲間を、自らの手で殺せるはずがなかった。 例え、その傷が深くもう助からないだろうとわかっていても。斎の服が由蘭の血で赤く染まる。 「お願いです、斎様。……わたくしは負けました。けれどあのような下賤に負けて死にたくはないのです。ならばわたくしは……斎様の手によって死にたいのです」 由蘭の切実な願い。けれど、斎は頷くことは出来ない。 例え自ら裏切ったとしても――手にかけることはしたくない。 「わたくしより、斎様が辛いのはわかりますわ。残された方が辛いのを知っていますから。わたくしは……叶うことなら、斎様や烙様と共にいたかったです。けれど、それが叶わないのならば……最期にわたくしの我儘を聞いて下さりませんか? わたくしは最期に出会えた事が嬉しいですわ」 由蘭の笑顔。斎は悲痛な顔で由蘭を優しく抱きしめる。 由蘭が最後にそう望むのなら、斎は自らの手を染めよう。 いくらでも。この手が真っ赤になろうとも最後の望みを叶えよう。 [*前] | [次#] TOP |