Y 黒き闇が一陣の風と成り吹く。 「泉!」 泉と律は郁の元に姿を現す。朔夜は泉の名前を悲痛な声で叫ぶ。 「泉、泉。泉……郁が……」 止血しようが血が止まらない。これではまるで――夢華の時と同じ。 「どけっ!」 朔夜を払いのけて郁の状況を見る。此処まで必死の表情をする泉を篝火はみた事がなかった。大切な家族。唯一の肉親。泉の世界に映った大切な妹。 「兄貴……? どうした。そんな顔して。兄貴らしくないぞ」 郁は朦朧とする意識の中、泉の存在に気がつく。らしくないその顔が自分の症状をより一層物語っているようだった。そして泉の隣に律がいることにも同時に気がつく。 「律にぃ。兄貴から逃げるのは止めたのか。良かった」 郁の笑顔が眩しくて、思わず目を背けたくなる。笑顔が――悲痛で。 「郁……」 律は何も言えない。自分が立てた作戦が完璧に信用されなかった結果がこれだ。 白き断罪をもっと観察していれば、悠真が別行動を起こした事も知る事が出来たかもしれない。 泉は律を責める事はしないだろう、けれど律はこの結果を招いたのは全て自分の責任だと感じていた。 普段の泉であれば、情報屋として悠真が別行動をしていたことを当然見抜いていた。 けれど、律は泉から出会わないつもりで、白圭に協力するつもりで、泉の情報を妨害することを徹底した。 どうしようもないほどの悲しみが貫く。何故あの時こうしなかった――と後悔ばかりが脳内を埋め尽くす。 遠目でも雛罌粟は現状を認識しているのだろう。だからこそ、雛罌粟は蘭舞、凛舞と共に砌と悧智を抑えている。 「しっかりしろ……!」 律は唇を噛みしめる。 「なぁ兄貴……」 郁の力がどんどん弱くなる。 「なんだ?」 「私らの周りはさ、敵ばっかりだったよ。兄貴が私を平和に暮らせるように画策していたのも知っているよ。でも、此処に来てからはそんなことばかりじゃなかった。確かに腐ってどうしようもない奴らなんて、掃いて捨てる程この場所にはいるけど」 郁が何を言いたいのか、痛い程、泉には理解出来た。泉は全て拒絶して来た。差し出された手を振り払い続けた。けれど郁は違った。拒絶した泉とは対照的に、受け入れようとし、受け入れた。 だから、あんなに本心から笑う事が出来た。偽りの笑顔ではない。 誰かに怯える事もなく、安らかに眠れた。 友達がいるから、兄がいるから。守ってくれる人がいたから、仲間がいたから安心出来た。 「篝火や朔夜、斎たちだけは、私らの友達だよ」 破顔一笑の微笑み。 泉は瞳を限界まで見開く。その姿を永遠に刻み込むために。存在したことを記憶にすりこむように。 悲しみに溢れてもそこに笑顔があったことを忘れないように。 泉は悲壮な面持ちで、ただ郁の身体を握り締めていた。 「……」 泉の傍らに立ちつくし呆然とする律。 地面に座り込み、悲しみ溢れる篝火 郁の傍で、一滴の涙を零す朔夜。 其其が其々の面持ちで郁を見ていた。 郁の服から紫蘭のネックレスが見え隠れする。黒系統以外を着ることを拒んでいた郁が唯一身に付けたシルバーネックレスの紫蘭。 花言葉は――君を忘れない [*前] | [次#] TOP |