零の旋律 | ナノ

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「何を苛立っているのかしら」
「何をって……! 現状を見ればわかるだろう」
「……まぁ否定はしないけれども、苛立っている時間はないのではないかしら?」

 砌の言葉に悧智は我に返る。
 悧智と砌の後ろには、雛罌粟と蘭舞、凛舞が並んでいる。

「苛立つのも結構。でも、それは全てが終わってからにしなさい」
「白圭の部下にお説教を受けるとは、俺もどうかしていたものだ」
「あら、私を甘く見ない方が懸命よ。私が知らない貴方がいるように、私にも貴方が知らない私があるの。だから、部下だからって、それで相手を格下にみるのは驕りってものよ」

 常に冷静さを失わない砌の態度に、悧智は感心する。
 そこに何処か白圭の部下らしさが感じられなかった。

「で、そちらのお喋りは終わったのかの?」

 二十代中頃の姿をした雛罌粟は悧智と砌に問いかける。

「……待たせたな」

 努めて冷静になろうと、声を低くする。

「別に待っていたわけではない。我らもその時間を有効活用させてもらったからの」
「そうか」

 悧智はこの場に集中しようと、再び笑みを作り出す。
 悧智は雅契が嫌いだった。魔術師の総本山とも呼ばれる最高峰の術者達が集まる血筋が。
 しかし、雛罌粟の術は悧智からみて、雅契の術系統から外れていた。
 自分と同じ雅契から外れた術者であり、自分と互角の術を繰り広げられる相手。
 だから高揚した気分にも楽しい気分にもなれるのかもしれない。
 術だけではない、雛罌粟も悧智同様体術を扱える。
 悧智が戦いに楽しさを覚えたのは是が初めてだった。ひょっとしたら最初で最後の出来ごとであり、出会いだと感じる程に。
 高名な術者であろうと、そこに雅契の血が流れていれば、悧智に宿る感情は楽しみではなく苛立ち。

「我を甘く見るではないぞ。舐めすぎなのじゃお主は」

 雛罌粟は悧智が律と相対している間に作り上げた術式を発動する。
 雛罌粟の持つ数少ない攻撃系の術だ。扇子を前に突き出し広げる。中心に赤い光源が浮かび上がり、全体を広がるように広がる。赤い閃光は徐々に光を増やし、扇子全体を包み込む。
 その様子に悧智は悪寒が走る。

「……なんだっその術は」

 直感で危険だと判断した悧智は結界術を唱えようとするが、術が分散して一つに纏まらない。

「どういうことだ……?」
「お前が姉様の術を結界術で防ぐ事はわかっていたから」
「お前の中心に非結界術の布陣を展開させてもらった」

 蘭舞と凛舞が交互に答える。非結界術を唱えたのは蘭舞と凛舞だ。雛罌粟は攻撃術に集中していた。
 蘭舞と凛舞は魔術が決して得意ではない。しかし、蘭舞と凛舞とて全く扱えないわけではない。術を詠唱する時間さえあれば、術を組み立てる事も可能だ。
 悧智は知らないが、蘭舞と凛舞は魔術師の総本山と謳われる雅契の分家だ。
 蘭舞と凛舞の言葉に、悧智は柚葉が殺された事で取り乱し、周りが見えていなかったことを再認識する。
 戦場では僅かな油断が命取りに繋がる事を、身を持って知っていたはずなのにそれでも油断していた。
 それは自分自身の術に対しての驕りか。
 雛罌粟の術はそんな悧智に対して無情に降りかかる。


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