Y +++ 第二の街入口。 律は未だに逃げていた。追いかけてくる泉から。 他の者は戦っていなければ、その様子に呆れ果てていたことだろう。しかし律と泉の追いかけっこを見て呆れる余裕は誰にもなかった。 「オイ、逃げるな!」 「逃げるに決まっているだろうが!」 そんなやりとりが幾度繰り返された事だろうか。 「……いい加減にしろ」 泉の周囲に黒が渦巻く。 「げっ……」 普段使っている武器、ではない。それは黒。鋭利な刃物にも柔軟な布にも変りそうな物質。 黒が律に向かう。律は一瞬だけ脚を止めた。それが終わりへの合図となる。 一瞬の隙も泉の前では見せてはいけないのに律はその隙を見せた。 黒が周辺を覆った瞬間、泉が律を思いっきり殴る。――頭を。 痛みと共に律は衝撃で後ろに飛ばされる。地面に座り込む形で倒れ込んだ。 「……いってぇ……」 殴られた衝撃で、律の被っていたピンク帽子が地面に落ちる。 「なんで、お前は……俺の前からいなくなった」 泉はゆったりとした足取りで律に近づく。周囲を覆う砂が、泉が歩くたびに舞う 律は砂の上に座りながら、立つことも出来ず、ただ殴られた頭がジンジンと痛みを伴って全身に伝わってきた。 「泉が……復讐をしなかったから」 想像通りの答えが律から返ってくる。 「泉が郁を守るなら、俺は……泉を陥れたやつらを苦しめようと思っただけだ。泉はわかっていたよな?」 律がいなくなった理由を。姿をくらました理由を。 「推測は出来ても、お前の口から聞くまでは確信にはならねぇよ」 淡々と答える。その瞳が普段と違う感情を持っていることを律は見抜いていた。 「だから、これは俺のケジメだ。泉に合わないことはね……」 復讐のために泉に何も告げずにあの日姿を晦ました。律は律なりにケジメをつけ、全てが終わるまで姿を現すことをしないつもりだった。だから、この地に来た時も泉とは出会わないように画策した。 全ては無駄に終わってしまったのかもしれないけれど。 「馬鹿だろ、それで郁を悲しませて何がケジメだ、ふざけんなよ?」 「俺にとって」 律はゆっくりと立ち上がる。ずきずきと頭の痛みは取れないが、それでもバランスを崩すことなく、立ち上がった。片手には地面に落ちたピンク帽子を拾い上げ、砂を払う。 「大切なのは泉と郁だけだから」 二人がいればそれだけでいい。二人だけ存在していればいい。狭い世界の中で――二人だけが唯一の存在。 「だからお前らを陥れた存在を、俺は許せないんだ」 「……」 推測だ、何だといい確証を求めながらも、律の行動の理由を泉はわかっていた。 その答えは単純明快で、泉がそうであるから。 だから、律がどうするかもわかっていた。律が自分たちを陥れた相手を、決して許すことをしないことを。 律は郁を傷つけた相手を許さない。泉も決して許してはいない。 ただ泉と律は選んだ対策が違った。 泉は、郁を傷つけた場所から離れる事を選び、律は郁を傷つけた相手に復讐する事を選んだ。それだけのこと。 「泉、俺は――」 律は答えを導き出す。 [*前] | [次#] TOP |