T 「まぁ、貴方が私に勝つことは無理ですよ」 由蘭には聞こえないように呟く。 白き断罪に――由蘭に優しさが存在するなら紅於に勝つことは不可能だと確信していた。誰かに対する優しさや思いやり、仲間意識が敗北を招く。紅於の術は特殊だった。 由蘭は本を捲る。何も綴られていない空白の本。 由蘭の本には何も綴られていない。全ての頁は白紙だ。 「靡け」 由蘭は言葉で綴る。綴る事によって術は媒体を持ち――発動する。 空白の一頁目に由蘭の言葉が綴られる。 綴られた文字は青白い光を帯び、頁の上に浮きあがって形を成す。 「……変わった術ですね」 紅於は冷静に由蘭の術を眺めている。由蘭の術がどのようなものか、気になっていた。だから術の発動中に攻撃を仕掛ける真似はしなかった。 「大地を覆う冷たき氷河」 由蘭の言葉が、文字を創り。文字は本から浮かび上がる。それらは徐々に由蘭の周りを浮遊する。 「空を覆う温かき風香」 その言葉が何を意味して綴られていくのか、紅於には理解出来ない。 しかし文字の光が徐々に力を持ち始めているのが認識出来た。 「歳不相応に、強いみたいですね」 悠長に見学している余裕はない、と判断し紅於は赤と黒で彩られた扇子を相手の方へ向ける。 「例えどんな術者であっても、私には勝てませんよ」 自分に対する絶対的自信がそこにはあった。 [*前] | [次#] TOP |