第四話:狂う瞳 +++ ――ねぇ、私が何をしたの? 応えても返ってくる言葉は全て『私』に対しての言葉ではなかった。私に対してではないのに、どうしてそんなに――私を目の敵にするの? 吐き続けられた毒は次第に彼女を蝕み、内側から壊していった。そして彼女は壊れる事を良しとした。 誰もが彼女に毒を吐き続けた結果の結末は全てを赤に染め上げた。 ――あははは、それが、私の答えだよ 殺戮の限りを尽くして、彼女の人格は形成された。 最果ての街は、白き断罪のみに限定すれば一番の安全地帯。牢獄ないに限定すれば一番の危険地帯。そこに梓と銀髪がいた。梓の黒い手袋には、鮮血が付着している。 「いいのぉ?」 梓が唐突に銀髪に話しかける。銀髪は梓に紅茶を差し出す。 「何がだ?」 「水波ちゃんよぉ、知っているんでしょ? 水波ちゃんの目的を、なのに誰にも教えていないなんてねぇ」 「……いつから気が付いていた?」 銀髪はやや驚いた表情で梓を見る。相変わらず狂っている目。口元を綻ばして梓は語る。 銀髪は当初から気が付いていた。水波の“企み”も水波の“正体”も。 何せ、天才軍師と謳われた水波瑞の本名をそのまま使用しているのだから。 しかし、銀髪は誰に何を言う事もしなかった。だが、梓は気が付いていた。 「きゃははっ。だってぇ。いっつもいっつも集会場は雛罌粟ちゃんの処だけぇ。それも水波ちゃんは一回だけで他は全て仲間外れー。……それにぃ、この場所を除いた街で、唯一白き断罪の襲撃を第三の街は受けていなかったでしょぉ」 狂気の面が目立つ梓だが、見るべきところはしっかりと見極めている。 銀髪は高揚した気分になる。これこそが長年求め続けてきた高貴な役者の一人であり、唯一手元に置いている存在。最も人間らしいと銀髪が思っている存在。 「水波ちゃんは、裏で何かやっているんでしょ?」 「あぁ、そうさ。まぁ何をやっていようと構わないけどね(どうさ、僕につき従う事はないのだから)」 「そうなのぉ? それはやっぱり水波ちゃんが駒だからぁ?」 「あぁ」 「ふーん、まぁどうでもいいけどもねぇ」 梓は興味なかった。例え何が原因だったとしても。 「悲しいわねぇ……天才軍師様も」 「知っていたのか」 罪人の牢獄に堕とされる前の水波の素性を梓が知っていたことに、銀髪は再び驚きの顔を見せる。 天才軍師水波瑞。その名は広く知れ渡っている。若くして軍師の地位まで上り詰めた天才。その頭脳を用いて様々な作戦をたて勝利へ導く存在。水波は自分の名前が有名だと知りながら、この時で偽名を使う事をしなかった。それは――普段の水波と、天才軍師と呼ばれる水波瑞が結び付く相手は怱々いないと考えていたから。実際その通りだった。 罪人達の大半は嘗ての経歴や、素性を語る事はしない。例えば、役人や貴族は罪人に恨まれる事が多い。そう言った者達は自ら口を閉ざす。 最も、罪人の牢獄に来たばかりの者は、暗黙のルールを知らないが故、口走る事もある。 自らの力を過信し、己の罪を自慢する者。彼らはルールを知っても口外する事が度々あった。しかし、この牢獄の本性を知るにつれ、己の経歴を口外しなくなる。他の――圧倒的実力を持つ罪人たちを前にすることによって。 「私がぁ、知らないと思っていたのぉ?」 梓は首を傾げる。そこで銀髪は殆ど忘れかけていた事を思い出す。 「……そうか、知っていても不思議ではないか」 「その通りよぉ。まぁ興味ないけどねぇ。きゃはは」 「水波も知っているのか? 梓のこと」 「知らないんじゃないのぉ。だってぇ、私はぁ――」 無邪気で残酷で無垢で冷酷な存在は華麗に踊る。周囲に紅き花を咲かせるように美しく。 [*前] | [次#] TOP |