零の旋律 | ナノ

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「ぐっ……」
「凛!?」

 凛舞は片膝をつく。致命傷ではないとはいえ、腹部からは血が流れ出る。

「馬鹿ものが!! 戦いの最中によそ見するやつがおるかっ」

 雛罌粟の叱咤が飛んでくる。雛罌粟は膝をつき、右手で腹部を抑えている。直に伝わってくる痛みをぐっと堪える。蘭舞と凛舞が自身を気にかけて戦闘に集中出来なくなるのを避けるためだ。
 悧智は雛罌粟の様子に笑みを浮かべる。

「大したことないな、第二の街の支配者は」

 侮蔑の意を送る。

「お主……こそ、調子に乗るではない!」

 雛罌粟は立ち上がり、術を唱える。

「はん、今度はどんな術だ?」

 悧智は油断していた。致命的な油断。
 悧智は知らない、雛罌粟が見た目通りの年齢ではない、という事を。そして外見を自在に変えられる事を。

「我をあまり舐めるなよ、ガキが」
「……どうみても、俺の方が年上だろう」
「偽時の刻よ進め、我の嘗ての姿を記憶と寄代にて、偽らん」

 詠唱と共に雛罌粟の身体が僅かに発光し、全身を包み込む。
 第二の街が年齢詐欺の街と言われる所以。

「我は、お主よりずっと年上だ」
「……いや、その外見なら俺とかわんだろ」
「人は見た目で判断しては成らぬぞ?」

 雛罌粟の姿は二十代中頃に変っていた。
 普段の姿に合わせている服は当然ながらサイズが変わるわけがなく、成長した姿に合わせ短くなっている。手が隠れる程長かった袖は、七分袖程度になり、足を覆い隠していた部分は今や太股から生足をおしみなく見せている。何故か長かった桃色の髪は、首付近で揃えられている。幼い少女から一片大人びた雰囲気を醸し出す女性へ変貌した様子に悧智は驚きを隠せなかった。

「…………」

 悧智は何と言っていいのかわからず、無言になる。ピンク頭の双子といい、まだ他にも変身する罪人がいるのではないか、と考えてしまう。
 そして雛罌粟の姿に驚いたのは何も白き断罪だけではない。
 一時、戦いが休止するほどの衝撃だったのだ

「雛罌粟!? その姿はっ、おまっ」
「び、美人だ……」
「雛罌粟!? え? 本当に雛罌粟? なんで成長しているんだ!?」

 各々の声。

「……我は別段あの姿しかなれぬわけではない。我が生きた年代……年齢の姿に自在になれるのじゃよ。最も、成長させると普段の服が合わないのが難点じゃがの。髪が短いのは、この年齢の時の我が短髪じゃったからよ」

 雛罌粟は仕方なく説明する。
「……なんですの! この人たちは」

 柚葉の叫び。それに同意する一同は、敵味方関係なかった。

「さてと、この時代とあの時代ではちょいと違うぞ?」

 はったりだ、悧智はそう思った。しかしその認識をすぐに改めることとなる。
 雛罌粟が扇子を構えたのを見て、他の面々も戦いを再開する。

「……!?」

 雛罌粟が仕掛けた攻撃は、術ではなかった。てっきり悧智は術による攻撃だと思っていた。しかし実際は体術だった。
 悧智とは違い術を付加していない純粋な体術。それは篝火と同様の。

「あぶねっ」

 悧智の頭上に上まで高く上げられた脚が、上から下へ、勢いよく振り下ろされる。その衝撃で、地面の土が抉れる。

「……体術のスペシャリストか?」

 女性の力とは到底思えなかった。

「偶々この時代の我は、格闘技にはまっておったものでな」

 しかし雛罌粟には気をつけなければならない事があった。外見年齢が二十代中頃だとしても、実年齢まで変化するわけではない。体力は当時より大分劣っている。長期戦は好ましくない。
 一撃一撃が強力だとしても、体術を扱う事、は術を扱うよりも体力を遥かに消耗するものであった。

「まさか、そんなカラクリがあるなんてな」

 悧智は罪人の牢獄が一筋縄ではいないことを実感する。
 罪人の牢獄は悧智の想像を上回っていた。
 ――こんなにも、面白い存在があったとは

「ははは、いいねぇ、いいねぇ」

 悧智は無意識のうちに笑っていた。
 罪人の牢獄が悧智は嫌いだった、それなのに――今は楽しくてしょうがない。


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