零の旋律 | ナノ

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「そうか、ならば仮眠してから行くぞ」
「何処にですか? 姉様」
「姉様が行く場所なら俺らは何処にでも参りますけど」
「勿論、罪人の牢獄第二の街――入口だ」

 白き断罪が街に訪れる前に、先に出向き待ち伏せする。但し、多少の休息を挟んで体力を回復させてから挑むというものだった。

「夜には仕掛けてこないだろう」

 しかし、泉は断言する。

「何故だ?」

 夜――視界が悪くなるから、見通しのよい朝になってから攻める。それが理由であれば納得出来るものがある。しかし、此処は罪人の牢獄。曇天とした空、という名の壁が存在するだけであり、昼も夜も朝も変わらない。何一つ変わることのない景色。

「……律が夜には行動を起こさないからだ。……あいつは俺と会いたくないと、俺から逃げ回っている。俺の活動時間に行動を起こすはずがない」

 律は泉と出会う事を避けて動いている。郁と出会った時にも、律は泉に出会ったことは伝えないでほしいとお願いしていた。最も無意味なお願いではあったが。
 そんな律が、泉が確実に起きている時間帯に行動を起こすとは到底思えなかった。リスクが大きすぎる。
 もっとも、泉は昼間、必ずしも寝ているわけではない。そのことは律も承知済み。 

「……イマイチ理解出来ぬが、まぁお主が嘘をつくとは思えぬからな。ならば――早朝向かうぞ」

 雛罌粟の、幼くて可愛らしい外見とは反対に正面から戦う方法を好む。
 そして街の入り口で待ち伏せするのは、被害を最小で済ませる為だ。支配者らしい考えでもあり、そしてそんな考えを持っている唯一の支配者でもある。
 榴華であればところ構わず戦うし、水波も街を気にするような性格ではない。

「しかし姉様……」

 蘭舞と凛舞は心配な事があるのか、表情を曇らせている。

「大丈夫だ、我に任せておけ」

 蘭舞と凛舞の心配ごとは雛罌粟も理解していた。早朝――その時間帯が蘭舞と凛舞には問題だった。
 蘭舞と凛舞は時間帯によって姿が変わる、という特異な体質があった――最もある術者によって施された体質だが。朝の時間帯は子供の姿――それも十歳以下の姿になる。 その姿では普段の実力の半分も出すことは出来ない。足手まといにはなりたくはなかったが、かといって何もせず待機はしていたくなかった。
 大切な雛罌粟が守りたいと願う街を守れずに入れない無力感に苛まれ蝕まれたくはない。
 そう思うのと同時に、自分たちをこんな身体にした“あの男”への恨みが募る。
 あの事件さえ、なければ――今でも二人はそう思ってしまう。あの事件さえなければ、仲いい家族のままでいられた。

「わかりました、姉様お願いします」
「姉様有難うございます」

 雛罌粟の、『我に任せておけ』の言葉が蘭舞と凛舞にはとても嬉しいかった。雛罌粟の為に守る事が出来るのだから。

「お主らはどうする」

 雛罌粟の視線は篝火、朔夜、郁に移る。泉に問うた処で来ないと返答されるのがオチだろうと、雛罌粟は最初から除外していた。

「勿論行くにきまっている」

 篝火のひと言。

「あぁ」
「私らの住処奪われたら困るしな」

 それに続く朔夜と郁。

「じゃあ、終わったらパンを食べようパン」
「お前はもうパン屋やれ」
「そうだそうだ」

 パン大好きな篝火に対してパン屋になれ、という朔夜と郁。そんな光景が微笑ましかった。

「兄貴は……また別行動?」

 僅かにさみしい思いと、本当は一緒にいて欲しい思いを隠して、冷静な声で郁は聞く。
 郁は理解している。泉が誰かの為に動く男ではないことを。泉が動くのは自らの世界に映るモノだけ、だということをも。

「いや、今回は一緒に行動する」
「!?」

 その答えに驚くのは郁だけではない。この場にいた全員が驚愕の表情を浮かべながら硬直する。

「……おい、何故お前らは珍しいものを見たような表情をしている」
「いや、そりゃあ見るだろ普通」

 篝火は心中で明日の天気は槍だな、と呟く。

「そりゃあ、律の野郎を一発殴る為だ」
「……」

 打って変わって一同無言。

「……まぁ、なんにしても人数が増えるのは有難い事ですよ姉様」
「そうそう、それに泉の実力は折り紙つきなんですから」

 蘭舞と凛舞が纏めた。



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