零の旋律 | ナノ

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「まぁ術が使えないといって俺は怱々に負けるつもりは到底ない」

 全てを術に頼っている訳ではない。悧智自身――滅多に使わないだけだ。悧智は服の中に隠し普段は扱わない道具を取り出す。

「術が使えなくなった、だから俺が負ける。とかそんな安易な考えはするなよ、罪人ども」

 そう、罪人を毛嫌いしている悧智だから、例え標的以外が巻き込まれても心は痛まない。むしろ好都合だった。此処にいるのは罪人だけ。
 その手に握るのは――毒

「何あれ?」

 斎が疑問の声を上げる。何か、錠剤を入れるようなビンケースに入っている、白い液体。

「あれは、毒だろ」
「毒!?」

 白き断罪が毒を使うとは思ってもみなかった斎は驚きの声を上げる。いくら白き断罪の中で政府から一番信用を受けていながらも、その実非道を名高い悧智だったとしても――毒まで使用するとは考えてもいなかった。しかし、泉の言葉を否定するつもりも、嘘だと疑う気持ちもない。

「毒なら、術は関係ないしな」

 悧智が、形勢逆転とばかりに微笑む。
 その微笑みには凍てつくように冷えていた。夢華は術者の結界なら毒を防げるだろうと判断し、眼帯をはめようとしたが、泉の手がそれを止める。

「なんで? 真っ黒い人止めるの」
「止めたら思うつぼだろ、あいつの。元々あいつは術のエキスパートだ、下手に術を使えるようにしたら、再びお前らがフリになるだけだぞ」

 お前らが、泉自身を含まないその言葉に泉はどちらにしてもたいして困ることはない、と言っているようにしか聞こえなかった。
 実際そうなのだろう、誰も泉の本気の実力を見たことはなかった。

「……毒を使うなら」

 篝火が呟くと同時に、悧智の所まで一気に移動する。身軽な動きで。例え毒を使ったとしても、術が使えない今、自身が巻き込まれる距離ならば毒を使う事が出来ない、と判断してのことだ。

「ちっ、いい判断だな」

 悧智の予想では毒という人を死に至らしめる武器に、素直な夢華は眼帯をはめるだとうと。
 脅しの効果を含めていた。術で防御壁を張れない今、不用意に毒を扱う事は出来ない。いくら罪人を殺す事が出来ても、それで自分も巻き込まれ死んでしまっては目的を達成することは出来ない。それだけは避けたかった。
 実際、悧智の予想通り、夢華は眼帯をつけ術を使えるようにしようとした。けれどそれは泉に止められた。泉が止めなければ、夢華は解除して斎が結界術を使えるようにしていただろう。
 しかし、夢華は眼帯をはめることもなく、悧智にとって有利な場面に戻すことも出来なかった。
 最も、術が使えないからといって安心していいはずの相手ではない事は、篝火たちも充分理解している。
 朔夜は何もしない。術に頼りっきりの戦闘しか出来ない朔夜は、術が使えない事の場では足手まといにしかならないと。接近戦や、武術で戦う事に関して朔夜は標準以下の実力しか持っていないことを自分で知っている。
 だから邪魔にならないように離れるだけ。それが最善の方法だと判断し。


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