第弐話:悲しみを埋めて 「で、お前ら風呂場で何やっているんだよ?」 「色々あった」 朔夜の問いに、戻ってきた篝火は答えるつもりがなかった。 答える必要がないから、知ってしまった秘密は秘密してしておくべきだと。 それは郁が選ぶべきこと。他者である自分が話す必要などないと判断したからだ。 さらに云うならば泉が自分に話してくれたことも話すつもりはなかった。 「なんだよそれっ……まぁいいか」 「やけにあっさり引き下がるんだな」 「別に、知ったところで何も変わんねぇだろうがよ」 ――変わるなら、とうの昔に変わっている 「俺や、お前らは仲間なんだし、別に何があったって、仲間には変わりねぇからな」 朔夜のはっきりとした態度に、篝火と郁は安心する。 口が悪くて、態度がでかくてめんどくさがりやだけれど、大切な――仲間 「大丈夫……じゃねぇなら、俺は聞くけどな、大丈夫そうな表情しているじゃねぇかよ、郁」 「あっ……」 朔夜に言われて、初めて郁は気がついた。 不安に襲われていた心が、今や自然に笑えるほど。落ち着いていることに。 それは今、自分は一人ではないから、安心できたのだろう。 有難う、何度繰り返しても、尽きることのない言葉。 「そうだな、私は大丈夫だ」 「今日は泉のベッドで寝ろっだって、部屋行くか」 「あぁ」 朔夜、篝火、郁は泉が使っているある意味唯一の個室にはベッドがある。 そこで普段泉は寝ていたり寝ていなかったりしている。 そこは借りている部屋らしく、ベッドと机、ランプなど日常生活に必要な最低限のものしか置かれていない。ただ、机の上には綺麗に整頓された紙が山積みのように置かれている。 おそらくは泉が得た情報を整理したものなのだろうと、三人は判断する。 郁をベッドに横にさせる。 「あーあ。私も、まだまだだな。皆に心配かけるなんてな」 ばれないようにやるつもりだった。 けれど、ならば此処ではないどこかでやればいいだけのこと。 心の中では誰かに知ってほしいと、矛盾を抱えていた。そしてそれが今、耐えきれなくて爆発した。 けれど、傍にいる人たちは失われていない、今もここで傍にいてくれる。 「はん、他人に心配や迷惑をかけねぇ連中なんていねぇだろうが。一人で生きていくなんて無理なんだろうしよ、誰かの手を借りて生きているんだ、なら、別に俺らに心配かけたって鎌わねぇだろうがよ」 「全く。朔は短気で馬鹿なのに、賢いよな」 「馬鹿と賢いって、矛盾しているだろうが」 「そこが、朔らしいんだよ」 ふぁーと郁は欠伸をする。安心したら眠くなってきたのだ。 ここは、安心して寝ていい空間。ここにいるのは仲間であって、命を狙う凶手でもない。 誰かが泉を殺す為に放った刺客でもなければ、郁たちと敵対する、敵でもない。 安心して寝ていい。安らかに寝ていい。そして、朝を迎えていい。 此処は罪人の牢獄。そう考えるのも、願うのも、思うのも本来ならいけないことなのかもしれない、けれどそれを承知の上で郁は思う。 この地にきて良かったと。来なければ篝火に出会うことも、朔夜と口論することも、斎にからかわれることもなかった。回りは敵だらけだったあの地よりも郁にとってはずっと安心出来る、心から安らげる場所だった。 [*前] | [次#] TOP |