零の旋律 | ナノ

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「……俺らは別に罪を犯したからって言っても職権乱用をすれば罪人にはならない」
「……オイ」
「だけれど罪人になることを甘んじたのは、郁を苦しめた国に用がなかっただけだ。同じ場所で郁が恐怖の日々に怯えるなら、こちらに来た方が郁の幸せだと思ったからだ。こちらなら俺たちのことを知る者自体存在はしないだろうしな」
「泉は知っていたんだな。罪人の牢獄で人が生きていくことが可能だと」

 だから、泉はこちらに来た。
 今までの生活を捨てて。
 篝火には泉が職権乱用すれば罪人にならない意味はわからなかった。泉が一体何をやっているのか皆目見当がつかないからだ。目星をつけようとすれば出来るのかもしれない、けれど篝火はそれをしない。

「あぁ。情報屋は人がいれば場所を問わず職業として成立するし、邪魔になるものは殺せばいいだけだからな」
「それでここに来たのか」
「あぁ。……許せなかったんだよ」
「郁を傷つけたことがか?」

 泉は拳を強く握り締める。そのことに篝火は気がつきながらも触れない。

「それは勿論ある、だが一番許せないのは……! 俺を陥れる為に郁を利用したことだ」
「!?」

 篝火は泉の前に出る。泉の瞳を篝火は見る。漆黒の闇の瞳。そこにどれだけの闇を見てきたことか。

「俺が邪魔だから、俺に消えてほしいから、だけど俺を殺すことが出来なかったから。だから“あいつら”は俺じゃなくて郁に手を出したんだ」
「……泉……」

 怒りの感情が泉から色濃く読み取れる。

「俺のせいで郁が傷つくことだけは許さない。いくら俺を殺そうとして凶手を送ってこようと策謀を張り巡らせようと構わない、俺がそれは全部殺すから」

 一体泉はどんな生活を送ってきたのだろう、一体どれだけの闇の中にいたのだろう
 温かさを知ることなく冷たい生活をしたきたのだろう
 篝火には想像することすらできない。

「……話過ぎたな、じゃあ俺は行く」
「何かあれば俺らを頼ってもいいんじゃねぇのか?」

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ泉の表情が驚きに変わる。
 自分は篝火たちを友と思うことはしていないのに、それでも篝火たちは自分を友とするのか。

「頼れよ、俺は保護者なんだろ?」

 篝火は手を伸ばす。
 一瞬だけ泉は思考する。
 だが、泉は差し伸ばされた手を取ることはなく、ポケットに手を突っ込み篝火の前を素通りする。
 そのまま泉は玄関の扉を開け外に出て行った。

「人間が、一人で全て出来ると思うな……泉。全てを一人で背負いこむことになんて限界があるんだぞ……分けろよ、お前が背負っているものを」

 篝火の呟きは泉には聞こえない。

「俺は、大切なものを失ってから気がついた。失う前に気づけよ」

 後で気付いたところで時は戻らない。
 どんなに嘆き苦しんだところで、自暴自棄になったところで失ったものは戻ってこない。
 篝火はこれ以上廊下にいても仕方ないと風呂場へと戻る。


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