零の旋律 | ナノ

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 ――死ぬつもりなどない
「……これはただの安定剤。自分自身を安定させるためのな」

 不安定な世の中に自分に全てに恐怖した。そしてある日その恐怖は形となって襲いかかった。それ以降だった。このような形で、自分の精神を安定させるための手段としてしまったのは。そうすることでしか自分の心を保てなかった。滴る血、そして無数の傷跡。切り傷。自らの傷。

「はぁ!? んなもん安定も何もないだろう、ただ自分自身を傷つけているだけだろう」

 篝火は郁を抱きかかえる。優しく抱きしめる。

「何に、してもだ。私……は不安なんだよ。どうしようもなく不安で怖くて仕方ない。だから……その不安や恐怖を少しでも消し去りたくて、それで……」
「俺や、泉に朔夜、斎たちがいても不安なのか? いつも傍にいても」
「そういう意味ではないんだよ……。ただ、思ってしまうんだ。私が生きていることに……意味なんてあるんだろうか。私は唯、律にぃと兄貴に守らてきただけだ、私を守るために二人は自らの人生を台無しにしても気にしないんだ……。兄貴が罪人の牢獄来る事になったのだって私のせいだ、律にぃが白き断罪にいるのだって私のせいだ、全て私が壊したんだ……私が、私が。なんでだって思うんだよ……どうしってって、笑えば笑うほど、楽しい事があればある程――失うことが怖い」

 ははっと自嘲する。今まで誰にも話さなかった。泉は事情を察しても、ただ心配して傍らにいてくれた。情報屋だからか、泉だからか、理由を問いただすまでもなかった。
 ただ傍にいて安心するまで一緒にいてくれた、
 だから誰にも何も言わなかった。なのに今、郁は篝火に話している。
 それは何故だろう。
 郁には理解できなかった。
 ただ、もう一人で抱え込むのが限界だったのかもしれない。
 壊れた心が限界を告げ、自己防衛のために、誰かに語っているのかもしれない。
 一度口から言葉が出てしまえばとどまることを知らずに、次から次へと言葉が紡がれる。
 今までどれ程の言葉をため込んできたのだろうか、篝火はただ郁の言葉に耳を傾ける。

「失った時が怖い、いなくなることが怖い。そして……幸せな光景を見るのが怖い。不安で仕方ないんだ。いつも一緒にいても、それが永遠に続くわけではない。そんな一人になった時、ふと思うんだ。私はなんなのだろうって、私がここにいる意味は意義は存在は。死にたいわけじゃない。けれど不安になった時、心が痛むんだ、どうしようもなく」
「郁……」

 なんて声をかけるべきなのか篝火には思いつかない。

「郁!」

 そこに珍しく足音を響かせ、駆け寄ってくる泉がいた。
 この室内にはいなかったはずなのに、何処からその情報でやってきたのだろうか、篝火は一瞬だけ考える、がすぐに訂正する。家族だからか、と。
 今回は情報等関係ない。家族だから、郁が悲しんでいるから泉が血相を変えてやってきた。それだけなのだと。

「馬鹿がっ……なんで毎回毎回……」

 篝火は最初、郁を見たときに泉は“それ”を知っているのか気になった。
 泉は当然のように知っていた。
 知らないわけがないと、篝火は知りながら、それでも知っているのかを気になった。
 このような場所で人知れず、誰にも知られないように郁はやっていたから。
 自分以外の誰かを傷つけたくなくて、自分以外の誰かを心配かけたくなくて
 郁はずっとずっと一人で抱え込んできた、心の闇を。恐怖を不安を。

「俺が……傍にいるだろうに」

 ――これ以上自らを悲しませないでくれ

「なんで……」

 篝火は泉のその表情を始めてみる。悲痛なその顔を。“ヒト”らしいその顔を。

「ごめん……兄貴、篝火」

 誰かに心配をかけたくないのに、誰かに自分の気持ちをわかって欲しい矛盾。誰かに心配をかけたくないし、他人のことを本当に理解出来るわけがないと知っていても誰かと一緒にいたいことを望むのはいけないことなのだろうか、人を信用するなと言われ続けてきてそれでも人を恋しがる。


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