T 「おい、なんで普段より早い時間に起こすんだ?」 寝ているところを起こされた朔夜の口調は、今にもとってかかりそうな程に悪い。 しかし、それは普段と変わらないと篝火は特に気にとめない。 「まさか……朝飯の為だけとかいわないだろうな?」 「いくらなんでも、朝ご飯のためだけに態々、低血圧で常に不機嫌な朔夜を起こしたりはしないって」 眼の前のテーブルの上に広がるのは、こんがりと焼き上がっている焼きたてのパン。それに沿えるようにジャムが数種類、少量ずつビンに入り並んでいた。 グラスには紅茶。香ばしい香りが部屋一面に広がる。 「それなら、いいけどよ」 「ほら、早く食べるぞ。斎(いつき)たちも後からここに来るからな」 「あぁ? なんでまたあいつらが?」 「後でのお楽しみで」 「そういって、いい話だったためには皆無じゃねぇかよ」 文句を言いながらも朔夜は席について、パンを食べ始めた。一口で食べきれるサイズまで手でちぎり、ナイフを使ってジャムをのせる。それをこまめに何回も繰り返して食べていく。 「まぁ、ビンゴだけど」 一方の篝火はそのままパンにかじりついて食べる。ジャムでの味付けなどは一切なしだ。 味がなくて美味しいのだろうかと疑問に思いながらも朔夜は特に聞くことなく食べ進めていく。 篝火のパン好きは今に始まったことではないから。 やがて、テーブルの上にのっていたパンはなくなり、朝食も終わったころ、篝火は後片付けを始めた。 その間、朔夜は椅子に座ったまま、動く様子なく眠そうに虚ろ虚ろしている。 「起きているか?」 「起きているって」 その様子に、篝火が声を掛けると、朔夜から返事は返ってくる。 篝火の手にはブラシが握られていた。 これから、寝起きで無法地帯とかしている朔夜の髪の毛をとかすためだ。 「いてっ!」 ブラシはそのまま朔夜の髪をとかしていくが途中で絡まった。 「おい、もう少し丁寧にできねぇのか!」 「文句言うなら自分でやれよ、めんどくさがってないで」 「めんどくさいものは面倒なんだから仕方がない」 「なら、髪切れよ」 本心で篝火はそう思う。 髪の毛をとかすのが面倒なら、自分のように短くすればいいのに、何故それをしないのだろうと、夏場の暑い日とか涼しいのだろうにと思わずにはいられない。もっとも罪人の牢獄に四季は存在しない。それゆえに季節の気温変化は殆どない。 朔夜はかなりのめんどくさがりだった。髪を切ること自体が面倒だといって髪を切ることもせずに伸ばしっぱなし。かといって手入れをするわけではない、寝る時も長い髪をそのまま放置して寝るものだから、朝起きると、朔夜の髪はあちらこちら絡まっている。 それを毎朝梳かし、綺麗にするのが篝火の日課だった。 「面倒」 「あーはいはい、俺がとかして差し上げます。差し上げます」 程なくして、朔夜の髪は先ほどと打って変わってサラサラと流れるようになった。 ブラシには抜けた髪の毛がつく。篝火はそれを捨てにゴミ箱へ向かう。その様子を朔夜は毎回小まめなやつと思う――欠伸しながら。 [*前] | [次#] TOP |