零の旋律 | ナノ

Z


 ――まだ、気付かない。誰しもが
 誰もが狂った歯車の上だということに。

「人の命を奪いそれらを背負い生きて行く覚悟があるのならば」

 真っ当でいようとし、重みを背負い生きて、重みに耐えきれず何時か狂うのなら、最初から狂った方がいいのだろうか――。
 律は、懐古する。

+++

 ――何故姿を消した。ずっとずっとずっと傍にいてほしかったのに。
 大切な人の傍らにいたかった、絆は永遠に続くと信じていた。
 無条件で続くと疑わなかったあの頃、唐突に崩れたそれ。

「はぁっ!」

 烙は刀を振り下ろす。黒と白の対極、黒と白が交わり奏でる旋律。
 守られた者と守られた者の対決。
 どちらも引けない。
 退かない。負けない。
 烙の刀から、振動が伝わる。上から切りかかってきた刀を、郁は受け止める。手がしびれる。手首が痛む。傷口が。顔をしかめる。
 だが、刃を握る手を緩めない。
 力では、郁は烙に勝てない。それがわかっているからこそ、郁は力任せに攻めることは最初からしなかった。

「人は生まれを選べない、容姿を選べない。俺にとって……俺を最初に友達と認めたくれたのは斎だった。斎がいてくれたから、手を差し伸べてくれたから俺は今まで生きてこられた、それだけだっ」
「そうだな……」

 静かに郁は同意する。目をつぶれば、郁の大切な人達が脳内に再生される。一瞬の隙を烙は見逃さないが、郁は最初から隙が出来るとわかって目を瞑った。烙の攻撃をすぐさま受け流し対処する。

「隣にいてくれるから、安心出来るんだろうな」
「……」
「目の前から消えた喪失感と不安は消せないものだ。そして、傷口は広がる一方。私も、――泉も」

 刃が交錯する。繰り出される斬撃。激しい攻防が続く。漆黒の髪が靡く。

「何故……」
「どんな理由があれ、例えその理由が明白だとしても、傍にいて寄り添ってくれる方がずっと嬉しいのにな」

 烙は驚く。まさか同意してくれるとは夢にも思ってみなかったからだ。
 同意する郁の表情が、斎が傍にいない今の自分と重なりあう。

「お前は……何故」
「私の生まれた家はな、敵ばかりだった。周りに味方なんて一握りだけ。私の兄は夜行性でな、昼間には寝られないんだよ、夜は敵が多いから。……僅かしかいない味方を大切に思い、味方に縋る」

 語る語る。過去を顧みる。

「どんな家に生まれたんだよ」
「……ここ、より闇の場所さ」

 ただ、それだけ。それ以上は語る必要はない。
 それは、泉が望んでいないから。

「……そうか」

 お互いに手が休まることはない。
 けれど徐々に郁の刀を握る手が弱くなる。
 後方には、篝火と朔夜がいる。


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