第伍話:溢れた想い ――誰もが望んだもの等手に入らない 篝火たちは雛罌粟に宛がわれた部屋で朝を迎える。 斎も病室には戻らず、篝火たちと同じ部屋で寝ていた。これ以上病人としてゆっくり寝ていも意味がないと篝火たちの意見を突っぱねた。 篝火の心境はまだ安静して怪我を治療して欲しかったが、そこまでいう斎の意思を尊重した。 斎の怪我は完治した訳ではないが、最初と比べ大分治っている。一人で動く事も可能だ。 いい腕前の医者が第二の街にいるんだと感心する。朝になると篝火は自然に目を覚ます。泉とは違い目覚まし時計は必要ない。そのまま身支度をし深緑色のバンダナで軽く髪を上げた後、布団を畳む。 「おはよー」 「おはよ」 篝火が布団を上げ終わったところで斎が目を覚ました。郁、朔夜と続く。最も朔夜は郁に起こされたようなものだが。泉は帰宅していなかった、しかし泉がいないのは何時のもことと気にとめない。郁だけがそわそわと落ち着きの無様子で辺りを見回していた。郁の心境としては泉に傍にいてほしかったが、仕方ないと半ば諦めている。探すことがあるから、見つけ出す事があるから――泉には。 「やっぱ、病院より落ち着くよねー」 「怪我人元気になったんなら、働け!」 のんびりとした斎の口調に、朔夜の怒鳴り声が響く。 「えー別にいいじゃん。怪我人にはどうぞ心ゆくまでお休み下さいとか気のきいたこと云えないの?」 「はぁ? てめぇの何処か怪我人風情なんだよ、元気元気しているやつが」 「それは見せかけだよー」 「ならさっさと病室戻ってぶっ倒れてこい」 「全く朔は口が悪いんだからー」 あははっと笑いながら気分を悪くした様子はない。何時も通りのやりとりだからだ。 「それに普段は面倒面倒言って何も手伝わないんだから偶には働きなよ」 きっぱりと切り捨てる。現在朝ご飯準備の為、朔夜がそれを手伝っていた。勿論料理を作っているのは篝火だ。普段なら斎が手伝っていたが、怪我人である斎に手伝わせるわけにいかないと篝火が朔夜に手伝いをさせていた。 郁が手伝いのメンバーに入らないというと理由は単純で、壊滅的な腕前を持っている郁に手伝わせると篝火の仕事が増えるからだ。郁は手持無沙汰で暇そうにしている。 「ほい、できた」 第二の街には篝火お気に入りのパン屋がないため、篝火お手製のパンが出てきた。朝から手が込んでいるな、と思いつつ香ばしい香りが食欲をそそる。 「いただきまーす」 手を揃えて篝火のパンを食べる斎は、そのうちパン屋になればいいのにと思った。 [*前] | [次#] TOP |