零の旋律 | ナノ

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 夜中、朔夜は中々寝付けずに布団の中で寝がえりを打っては再び寝返りをうつのを繰り返していた。
 全員リビングの一室に布団を引いて雑魚寝状態だ。最も泉は何処かで作業しているのか、部屋にはいない。四人が寝るには聊か窮屈さを感じさせる――泉は寝ていないが布団だけはある。斎は今日一日医者のもとで安静にしているが、此処へ戻ってくるとなるとさらに窮屈に感じるだろう。
 流石に二日間一睡もしないで眠くならないのかとこの場にいない泉の事を朔夜は考えるが、泉を普通と呼ぶだろう物差しで測ること自体が間違いか、と考えを打ち切る。
 泉は自分の事を知っている。篝火たちにすら内緒にしていることを泉は知っている。
 銀髪から聞いたわけではない、銀髪と面識が長い朔夜は泉と銀髪の何処か独特の雰囲気を、そしてそれが決していい方向ではないのを知っている、あの人並み外れ、化け物じみた情報能力は一体どんな手法を用いているのか――気にならないといえば嘘になる。

「(俺を含め、誰しも他人には言えない秘密がある。……まぁ泉は秘密の塊みたいなものだけど)」

 寝返りを打つたびに、纏めていない髪の毛が揺れる。その際、普段は髪の毛で隠れている耳元が露わになる。左耳には二つの赤いピアス、そして――耳元の下付近には赤い赤い丸い玉のような物がついていた。
 ピアスではない、また別の何か。再び寝がえりを打つとそれは髪の毛によって見えなくなる。

「寝られないのか?」

 先刻から寝返りばかり打つ朔夜に、まだ起きていたのかそれとも目覚めたのか郁は声をかける。

「元々寝付きが良くないんだよ」
「なら、子守唄でも歌ってやろうか」
「冗談じゃねぇいらねぇよ」
「冗談に決まっている」

 篝火が熟睡している為、小声で話す二人。

「なぁ聞いていいか?」
「何をだ?」
「郁はなんで罪人の牢獄にきたんだ? それも二人で」

 篝火は窃盗で捕まり、斎は殺人。けれど泉と郁が何を仕出かしてこの牢獄へやってきたのか、全く知らない。今まで触れないできていた。

「……私は」

 郁の表情が曇る。薄暗い室内で、二人は布団の中にいる為表情は見えない。しかし歯切れの悪い郁に、悪いことをしたかと朔夜は後悔する。
 だが――もし聞いておくことでこの先何かが変わるのなら朔夜は問う。後悔など後回しにして。
 後で知って、知らなかったからと嘆きたくはない。

「私は」

 いいよどむ郁に、朔夜は何も言わない。
 何も言わない朔夜に、郁は曇らせた表情が和らぐ。
 不器用だけれど、どこか優しいのが朔夜。
 ――あの時だって、さり気なく優しさで差し伸べてくれた。

「ははっ、私は何を言い淀んでいるんだかな。相手が悪かったんだよ」
「相手?」
「例え私が被害者だったとしても、加害者でも、第三者だとしてもだ。相手が悪かった。それに……兄貴が暴れちゃったしな」
「暴れた?」

 キレた、ではなく暴れた、その表現の意味はどういうことか、朔夜は首を傾げる。勿論郁にその様子は見えない。郁は続ける。

「あの被害は甚大ではなかっただろうな。律にぃ達が止めなければ、もっと悲惨だっただろう」
「……一体どんな暴れ方をしたんだよ。泉の野郎は」

 律にぃと呼ばれた人物が誰かまでは詮索しない。

「まぁ言葉に表すのも憚られる程の被害さ。相手がさ、政府の高官だったんだよ。此方がいくら――」
「それ以上は喋るな」

 郁が続けようとした時、いつの間にか朔夜の前に現れていた泉は朔夜を踏まないように布団の上に座る。


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