零の旋律 | ナノ

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「郁はまだか?」
「もう来るだろ。郁は身支度が遅いわけじゃないしな」

 着替えに出たのは郁だけで、珍しく朝から起床していた朔夜は自室で着替えを済ましている。
 朝早く起床する篝火も既に着替えてある。斎は傷にひびかないように、朔夜のワイシャツを着ている。
 泉に至っては、昨日から寝ていないためとっくに済ませてある。斎はソファーに座ったまま、篝火から渡されたパンを頬張る。
 斎以外は席に座って郁がやってくるのを待つ。程なくして郁は戻って気他の者は席に座って郁が来るのを待っていた。
 程なくして郁は戻ってきて、開いている席につく。

「待たせたな」
「じゃあ食べるか」

 篝火は未成年の朔夜と郁に淹れ立ての紅茶と粉砂糖、ミルクを渡す。泉と自分のグラスにはワインを注ぐ。

「珍しいな、篝火も飲むのか」

 朔夜の問いに篝火はグラスを軽く傾ける。

「たまにはな」

 そうして朝食が始まり、程なくして終わる。


「さて、面倒だけど第二の街に移動するか」
「そうだね、あんまり遅いと榴華が文句を垂らし、て殺したくなっちゃうから早く移動しようか」
「よし、斎を篝火運べ」

 命令口調の朔夜に特に抗議することもなく、後片付けを早々に終わらせた篝火は斎のもとへ近寄る。
 そしてそのまま斎を抱きかかえる――世間一般に云われるお姫様だっこの形で。
 当然のことながら、斎が暴れて抵抗する。

「ちょ、ちょっと待てよ! なんでこの形なわけ」
「おんぶだと、怪我に当たって痛いだろ? そうなると一番痛みを少なくして運べる運び方はこれいしかない」
「いや、痛いのは我慢出来るから。これは止めて、切実に。心に大打撃受けるんだけど」
「我慢しろ」

 有無を言わさず篝火はお姫様だっこをしたまま移動する。先にある扉は郁が開けて待っている。
 郁が最初に靴を履き、玄関を開ける。次に篝火が靴を履いて外にでる。
 斎の靴は郁が手に持っていた。そのあとに続いて泉と朔夜も外に出る。
 相変わらず修復がなされていないため、第一の街は大半が崩落している。修理にはどれくらいの日数がかかるのか見当もつかない状態だ。

「ねぇ、ほんとマジ簡便これは」
「だから、他のにすると痛いだろ」
「痛いのは大丈夫だって」
「傷が悪化する」

 お姫様だっこをやめようとしない篝火。やめてほしい斎。

「というか、お前……」
「何」
「案外体重あるんだな」
「失礼な!」

 怪我を殆どしていない手で篝火の肩を殴る。

「いって、落としたらどうするんだよ」
「ってか案外って何」
「朔夜と同じで軽いのかと思っていた」
「あのねぇ、遠距離しかできないひ弱な朔と一緒にしないでくれない? 俺は別に完璧遠距離型で体力ありません、力ありません。じゃないんだから」
「そりゃあそうか」

 その時斎は気がつかなかった。何故朔夜が軽いことを篝火が知っていたか、ということに。それに朔夜は安堵する。

「というわけで、俺体力もあるからこの姿止めて。榴華に見られたら一生ネタにされ続けられるだろうし……」

 斎の切実な願いを篝火は聞かなかったことにして歩き始める。いくらこの中で一番体力があり、腕力があったとしても、成人男性一人を長時間お姫様だっこして運ぶほど余裕はない。
 何か乗り物でもあれば別だが、術者が特殊な術を使用しない限りは、この罪人の牢獄での移動手段は徒歩しかない。


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