零の旋律 | ナノ

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「おい、一応怪我人だ、止めとけ」

 斎に殴りかかりそうな朔夜を止めたのは、時々言い争いを止める仲裁人郁。

「普段殴れないからたまにはいいだろう」
「仕方ない。どうぞご自由に」

 郁の言葉に、あれ? 止めてくれないのと眼を丸くする斎と、止めないなんて珍しいなと殴る気になった朔夜。しかし、郁の言葉はまだ終わっていなかった。

「但し、斎を殴った後は私が朔夜を斎の代わりに殴って差し上げよう」

 朔夜が後ろに数歩下がった。

「意気地なし」

 それとなく泉が面白がって口にする。

「誰にも腕っ節で勝てないのが地味に悔しいな」
「この面子じゃあ、誰にも勝てないな。それよりか、そろそろ斎の包帯変えてやれば? 朔」

 そう郁に云われて、そう言えば手に救急箱を持っていたことを忘れていたことを朔夜は思い出す。
 通りで腕が重いなぁと思ったはずだと僅かに苦笑をする。
 赤に染められた包帯は見ていて生々しく痛々しい。怪我の重度がそれだけでわかるようだった。

「じゃあ、私は着替えてくるから頼んだ朔」

 そう言って、郁はリビングから廊下に出る扉を開け、廊下に出て突きあたりにある洗面所に向かう。
 全員分に支給する水が足りなくとも、今この街にいるのは殆どいないために、朔夜の家の水道は普通に機能していた。たまに郁はこの水の流れの仕組みがどうなっているのか気になることがあったが、深く知ろうとは考えなかった。
 郁は洗面台で、蛇口をひねり、水を出す。
 両手に水をためて、顔を洗い、朝の寝む気を水で洗い流す。
 次に洗面台にあるブラシで髪の毛をとかし、身支度を整えていった。ここで着替えも済ますため、黒い服装一式を籠の中に入れてある。

 郁が身支度を整えているころ、朔夜は馴れない手つきで斎の包帯を取り替えていた。
 篝火と泉は朝食の支度をしている。

「たっく、俺もまだ着替えていないのに先に着替えやがって」
「まぁまぁ」
「まぁいいけどよ。って案外お前身体鍛えていたんだ」

 包帯を取り替えるために、今までつけていた包帯をとり、露わになった斎の身体は、普段は服で隠されていてわからないが、程良く鍛えられていて一見するとそれは遠距離からの攻撃を得意とする術者に朔夜には見えなかった。
 昨日は昨日でそんな余裕はなく急いで止血をしたから、直視したのは今日が初めてだった。

「そりゃあ、一応元白き断罪の一人ですから。朔みたく遠距離しかできませんってわけじゃないよ」
「厭味か、そりゃあ。って、なら普段からナイフとか振り回して戦ったらどうだ?」

 その方が符を毎回消費した後に、符作りをして武器を作らなくても済むだろうにと思い朔夜は口にする。

「いや、そこまで近距離に特化してないから。普通に近距離でやりあったって、篝火や郁には勝てないし」
「あいつらは生粋の近距離だろう」

 そいつらにまで勝ったら立つ瀬がないだろうにと朔夜は考える。

「まぁ、そうだねって……痛い痛い、朔―」
「たまには痛いのもいいんじゃねぇのか?」
「……朔」

 不器用なのかわざとなのか、時々包帯の巻き方の関係で傷口に直に触れて地味な痛みが斎に伝わる。

「たまにはいいだろ」
「んなわけないでしょ。痛いっての。朔の髪バッサリと切るよ? 坊主に」
「やれるもんならやってみろ、重傷か軽傷か区別がびみょーな斎ちゃん」
「これは中傷だよ」
「わけわかんねぇ」

 そんな二人の会話を聞きながら、なんだかんだいいながら仲いいよなと思いつつ、テーブルにパンを篝火は並べる。


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