零の旋律 | ナノ

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「結局、過去を吹っ切れなどはしない……ふっあの女は別か」

 罪人の牢獄、須らく過去に罪を犯してきた罪人たちの集まり。
 それぞれがどんな思いを抱えているかまでは泉は知らない。
 けれど、過去の想いを思いを全て過去のものだと認め、そして世間に対応する殻を破った人物を思い浮かべる。壊れることを否定して壊れていることに気がつかないで、自身を正常だと思いこむのではなく
 自身が壊れること受け入れ、異常であることを認めた存在。
 最果ての街支配者梓
 彼女こそが最も――ふっと自嘲する。
 自嘲して嘲け笑い、最終的に追い込まれるのは自身。


 ――ねぇ、結局、踊らされているだけなのかな


「はよー」
「は?」

 部屋から出てきた朔夜に、泉は思わず怪訝な顔をする。低血圧で朝は不機嫌真っ盛りな朔夜が、泉の聴覚が正常であれば、若干ご機嫌のように聞こえたからだ。

「おい、どうした? 今日は槍でも空から降ってくるのか?」
「あぁ? なんでだよ」

 泉の失礼な言葉に、朔夜の眉間に皺がよる。そんな様子を、朔夜に続いて部屋から出てきた篝火は朔夜を見て、密かにあと何年で皺が取れなくなるかなぁと、どうでもいいことを考える。
 そして、そんなことを考えるのは何回目だったかも考え始めるが、いちいち数えていないため覚えていない。

「毎朝不機嫌なお前が、若干ご機嫌でやってきたからだよ」
「……失礼なやつだな。というか起きるたびに目覚まし時計ぶっ壊している泉には云われたくねぇわ」
「一発殴ったら壊れるんだよ」
「目覚まし時計がかわいそうだろうが、謝れ。目覚まし時計と、それを作っている人たちに」

 そんな些細な諍いを篝火は止めることなく、珈琲を用意しながら珍しく仲いいなと傍観している。
 そのうちに、郁と斎も自然と声が聞こえてきて目覚める。
 郁は布団から身体を起こし、ボケーとする頭を覚醒させようと目をこする。
 斎はソファーから動くことがつらいのだろう、苦痛で顔をしかめながら起きる。しかし、ソファーの上に座っている状態で、立ちあがることはしなかった。
 自身の身体の大半を覆っている包帯を見ると、白かったはずの包帯は赤く染まっている。
 後で取り換えなきゃなと斎が思っていると、朔夜が気を利かせて救急箱一式を持ってくる。

「今日の朔はどうしたの、槍どころじゃ済まなくなって隕石が降ってくるよ」
「全くだ」

 さり気なく同意する泉。

「お前らはさっきから人の親切心を無駄にすることが好きなのかよっ!」
「一日一弄りしないと俺じゃないみたいじゃん」

 朔夜に笑いかける斎。
 しかし、その笑みは無理をしているのだろうか、どこか切なげだった。

「……今の俺ならひ弱でも、お前を殴り飛ばせる気がした。実行していいか?」

 その眼は今直にでも斎に殴りかかりそうな勢いがある。流石のこの状況と怪我をしている丸腰の斎では朔夜に勝てる気がしなかった。下手に動いたら出血が悪化するだけ。 そうなると本格的に血が足りなくなり彼らを頼るはめになる。


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