T 「離れろ、俺のことなど何も知らないだろう? 夢華」 わざと感情を抑え淡々とした声色で絡は夢華に話す。 離れなければ戦うこともじさないような、そんな声色。 「知らないよ、僕は唯感じるだけ。だけど、絡も僕のことを何も知らないでしょ?」 「離れろ!」 いつも自分の身を守るために傍に置いてある真白の刀を手に取り、座ったままの状態で抜刀し夢華に斬りかかる。 夢華はそれを平然と変わす。 距離をとる。下手に間合いを詰めたら白き服は赤き衣へ変色してしまうだろう。 「煩いんだよ夢華、一人にしてくれ」 しかし、夢華は部屋からは出ようとしない。 その様子に絡は実力行使で夢華を部屋から追い出すことを決める。 多少の流血沙汰は気にしない。 唯今欲しいのは一人になれる空間。本当は誰かに何かを言われたくなった。特に、いつも人の心の中を言い当ててくる夢華には。 「……絡」 だが、夢華はそんな絡の様子を見ても動じなかった。 初めから、予測していたかのように。 夢華の手には何も握られていない。 普段持ち歩いているトンファーは自室に置いてあるから、武器はない。 戦うために、絡の部屋にやってきたわけではない。 唯、絡が壊れようとしていたから、部屋を訪れただけ。 そう、唯それだけ。 壊れてほしくなかったから。 「一陣の風よ舞え」 烙は得意とする風属性の術を詠唱する。鎌井たちとなり無数の刃が武器を持たない、さらに狭い部屋ではまともな回避が出来ない場所で夢華を襲う。 避ければ扉が切り刻まれ、物音がして誰かがこの場所に来るかもしれない、そんなことを考える余裕は今の烙にはない。 刃が眼前に迫って来ても夢華は無言だった。夢華は眼帯に手を当て――眼帯を取る。 右目が露わになる。それは血のように真っ赤な瞳だった。烙が初めて見る。眼帯を取った夢華の瞳。髪色も瞳も肌も白い夢華にあり、唯一の赤。異色の赤。髪飾りの薔薇と同じ赤。真っ赤。鮮血に彩られたような赤。 赤き眼が露わになった瞬間に烙の術が何事もなかったように消えた。 始めっから術など放たれていなかったかのように、消えた。 [*前] | [次#] TOP |