零の旋律 | ナノ

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「なんや、遅かったんかいな」

 篝火たちの前に榴華が現れる。その姿を確認するなり朔夜は斎から離れ、覚束ない足取りで榴華に殴りかかる。
 榴華は易々と避け、なお且つ足払いをする。朔夜はそれに簡単に引っかかり地面に転ぶ。朔夜の怪我が増える。怪我をこれ以上増やさないでよと斎は冷たい視線を榴華に浴びせる。

「何や自分、いきなり酷いやないか」
「はぁ? 何を言ってやがんだ? 俺らが交戦している時てめぇは一体何処にいやがった」
「……」
「自分は、白き断罪の、烙って子と交戦していたんよ」

 そう言えば、と思いだす。すっかり篝火も朔夜も失念していたことだが、二人に宣戦布告してきた青年烙はこの場にいなかった。何処か別の場所で他の誰かと戦っていたとしても全く不思議はない。

「で、仕留めたのかよ?」

 朔夜のその台詞に斎の表情が変わる。驚愕したような、不安のような、それは烙を仕留められたか、ということではなく烙の安否が気になって仕方ないという風だった。
 朔夜の少し後方にいた斎の表情に、朔夜は気がつかない。しかし向かい合っている榴華にはその表情が見て取れた。だが、榴華はそれを見なかったことにした。其々が訳ありであり、罪人。罪を犯したからこの地に堕とされた。

 他人の過去を言及しないのも、ある種この罪人の牢獄での暗黙のルールの一つになるだろう。
 過去を知られないため、過去をわからなくするため、自分の身元を不明にするため、この地で名字を名乗る者は殆どいない。名字で素性が判明してしまう可能性が零でない者も、勿論この罪人の牢獄に存在する。そうして一部の者が名字を名乗らなくなり、それが浸透して大半の罪人は名字を名乗らなくなった。素性は判明する、しないに関わらずに。

「逃げられたぁーよ。だから仕留めそこめてわ」
「役立たず」
「そっちやってみた限り死体ないんじゃ、仕留め損ねたんやろ?」
「ぐっ……」

 図星を云われて反論できなくなる朔夜の頭を榴華は撫でる。

「はっ!? ふざけんじゃねぇ」

 怒った朔夜は榴華の頭上に雷の術をぶっ放す。
 それを榴華は後方にバックして避ける。

「あぶなっ、自分殺す気やろ?」
「あたり前だ、ヒト様の頭を勝手に触っているんじゃねぇ」
「短気は損気やで? サクリン」
「だーかーら、勝手にサクリンなんて気色悪いもので呼ぶんじゃねぇ!」
「ところでや……」

 榴華は周辺の建物を見回す。此処は第一の街の中で最も被害が酷い場所だった。爆弾で破壊された跡、何か鋭利なもので破壊された跡、上から砕かれた跡。

「あぁ、白き断罪と交戦したんだから妥協範囲にしろよ」
「いや、でもこの辺の建物はあまり関係ないんようなぁ……」

 そういって榴華が視線を泳がせた先は、泉が派手に建物を壊して、実際は建物が障害で邪魔だから払っただけ、という理由で壊された建物の場所だった。
 榴華は泉が破壊した場面を見てない。しかし爆弾で壊されたとは到底思えないし、戦闘による破壊とは思えなかった。第一徹底的ともいえる程粉々に壊す意味が理解出来なかった。
 本来なら罪人を殺すことを、最優先にするだろう白き断罪の面々が建物を此処まで破壊する真意が掴めなかったからだ。

「あっ……それは泉が壊した」

 一瞬言葉に詰まる朔夜だが、直ぐに壊した張本人の名前を挙げる。
 それを聞いた榴華は合点がいったように頷く。それならば建物が此処まで壊れていることに対して一番納得がいった。

「だから、昼間は寝ている泉さんが起きていたわけやな。理解理解」

 榴華は泉の方をちらりと見る。普段は夜行性故、昼間に活動している姿は滅多に見られない。そんな泉が両手を組んで立っている。

「そういうことだ」
「でも何も、修理大変にせんでもええやろに……」

 榴華の呟きに朔夜は密かに同意する。


 ――聞こえた音に耳を傾けたらそこの先の果ては変わっていたのかもしれない


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