ぐだぐだ | ナノ







景気良く笑い出したいくらい寒い上に眠い。それはもう手を打って、大笑いしたいくらいに。いきなりそんなことしたら俺は俺でなくなってしまう気がするのでやめておくが、とにかくそれくらい寒いし、眠い。うん?寒い上に眠いなんて言ったら危険な気がするけど、いや、そういうことではなく、ただ単に今の時刻が明朝とか明け方とか表現するのが一番近いような時間帯で、季節は真冬で、ごうごう風が吹きつける貯水タンクの上というだけの話である


「ねえやばいよ龍之介!!すごいよ!!!星だよ!!!!」

「うん」

「ねえやばいよ龍之介!!すごいよ!!!夜だよ!!!空だよ!!!」

「うん」

「ねえやばいよ「うるさい」


俺が言えることじゃないけどこの子ちょっと頭大丈夫かな。空も星も夜も見たこと無いって地球の人間とはちょっと考え辛い。「龍之介ー龍之介ー」なに?やばいのは君の頭だよ。「今やばいの私の頭とか思ったでしょ」「うん」「自覚はあるけど龍之介には言われたくないです!ねえ寝ないでよー暇だからーしりとりする?りからでいい?りゅうのすけ」「腱鞘炎。何でそんなうるさいの殺すよ」

沈み込みそうな声でやっとこさ言うとぎゃあこわーい!って嬉しそうに笑う声があまりに俺の殺すをあんまりにも華麗に冗談へと昇華させた為に殺す気も起きなくなって俺は息を吐いて彼女の首に顔を埋める。きゃっきゃと騒ぐ子供みたいな声がどうしようもない。座っている腰をぎゅうと抱きしめると多少は暖かいからあーこれなら眠れると思って目を閉じたら「龍之介ぇ」「もう寝た」「寝ないでよ」


「もうちょっとだからぁ」

「なにが?なまえが死ぬのが?」

「なんで殺そうとするの?!日が出るのがー!もうすぐ!」

「あっそう…おやすみ」

「ねーーーー」


冬の朝焼けってすっごい赤いんだよー、という幸せそうな声を思い出す。どの筋からそういう情報を仕入れてるのかまったく知らないし興味も無いが、彼女の突拍子の無さはもう才能と言う他ない。付き合っている俺もまったくご苦労だと思う。「しりとりしようよ」「嫌だ」「だ…だ…断末魔!!」「マスクメロン」龍之介私のこときらいなの?うん。そんなぁ、って声があんまりに雨に濡れた子犬みたいなしょぼさを醸し出していたからふきだしそうになって代わりに唇を首元に押し付けた。

薄い皮一枚を透かして、中を血が這っている。澱みなく動き回っている。目を閉じているだけでそれが瞼の裏に映されるようで、歯を立てたくなって困る。破ってしまうくらい、歯を突き立てたくなる。彼女の呆然とした表情を見たくなる。抜けるはずの息が途中で漏れ出してしまうあの情けない音を聞きたくなる。いや違う。こういうのはお呼びじゃない。ちっともCOOLではない衝動的な破壊妄想だと思って薄く目を開けてやり過ごす。「ねー、りゅうのすけえ」

眩むような赤を見た。

思わず目をゆっくり開ける。地平線から空へと火を放ったような空だった。燃えるような色だった。空にナイフを突き立てて、流れる血をそのままにしたようにも見える。傷跡の雲と、溢れ出す温い錆びた鮮烈な赤は意識を連れ戻すのに充分だった。そういえば、俺は、まともに星や夜はおろか空さえ見たことがない。ふふー、と彼女が満足そうに笑う。へえ、と俺はぼんやり返す。


「赤いでしょ?」

「すげー赤い」

「龍之介赤好きでしょ?」

「うん」

「たのしい?」


最後の彼女の声があまりに、蠱惑的に聞こえた。気のせいかと疑いたくなるほどあからさまに。一度だけ音を立てずに息を吸う。冷たい刺すような空気を太い気管に押し込む。「愉しい」そう。緩やかに息を吐く音。舌先に、彼女の肌の味が小さく乗る。脈動が生々しい。「よかった」

何でおれがたのしいとそっちまでよかったになるのかちっともわからないけど、さっきの声音と空の赤と首裏の脈動が脳を揺さぶって脳漿を搾り取ろうとしてくる。赤い空だった。本当に赤い空だった。開いた内臓を切り取って貼り付けたような赤だった。取り込まれてしまいそうな赤だった。なまえの脈を吸いながら見た赤が、あまりにもあれに近かったものだから、「龍之介ー、しりとりしよう。り」「淋菌」「…やっぱ私のこときらいなの」きみが。噛み切りそうなほど恋しく、なる



20111225 −ブルーミンブラッド