ぐだぐだ | ナノ






すー、って息を吸うと清々しい熱が優しく体内に染み渡っていく。浮遊する体は甘く澄んでいるような気分になる。透けている。ぺったりと濡れてはりつくブラウスが心地良い。溶けるようだ。冷たく張り付いて、かつ、ぬるくなることもない。スカートから伸びた素足は冷えて下へと伸びている。じーんと身体が太陽に照らされてあつくなって、背中に浸っている水ですーっとひえて、その繰り返し。贅沢な。幸せな気持ちになる。前世は魚だったのかもしれない。魚、あれだ、エンゼルフィッシュとかそういう綺麗なさかn「落ち着きがないあたりマグロとか?」幸せな時間終了のお知らせ


「……止まったら死ぬ的なあれ?」

「あ、別にマグロじゃないか。寧ろ敏感だしトビウオ?」

「何の話をしてんの」


どすどすどすって耳障りな振動。龍ちゃんはいいなードザエモン涼しそうだなーとか言いながらよいしょって制服のズボンの裾を折りたたんで足だけ浸けてばっしゃばっしゃ真ん中へんで機嫌良く浮いている私に水を蹴ってきた。う、うっとうしい…なんちゃってオフィーリアな気分だったのにドザエモンにされてしまうあたりさすがというかもう私、マグロでいいです。マグロおいしいし。大トロより赤身が好きな庶民だけど。ぴっぴっと頬に水の破片が飛んで刺さる。いたい。

ぎゅうっとつめられた塩素の匂いでくらくらする。「ねー、このぱんつなまえの?」「そうー」「持ってっていい?」「だめー」蹴っていた足が静かになる。喚きたてていた水面は黙る。安らかな青の静寂が戻ってくる。取るに足らない会話は遠い。水に浮いてるとそのまま何もかも溶けてなくなってしまいそうだ。素肌に張り付く水を吸った布の感触が蝕むように気持ちいい。甘い。背中からやさしく水に抱かれているような柔らかさ。

目を閉じて深呼吸して、ゆっくり薄く瞼と唇を開く。それだけで充分だ。


じゃらっ、と音がした。細かい金属をかつん、かちゃん、と外して置く音がした。ちゃぷんと水面が一度だけ揺れる。さっきとは違って、優しく撫でるように。僅かに身体が上下に揺られて、ぞくりと右肩の裏辺りに鳥肌が立つ。すこしだけ冷たい。慣れたはずなのに、まだ、つめたい。嫌だな、と思った次の瞬間にぬっと身体が沈み込む。だだっ広い25mの水槽と同化しかけた身体は誰かの手によって引き剥がされる、顔が沈んで水に目を侵されるまえに頬を掴まれてキスされた。一度だけ、噛むように。やわらかく唇でかまれた。

照り付けられてあたたまっていた顔が冷やされてまた暑い水面に戻る。龍ちゃんがにこにこ笑いながら私をさかさまに見ている。「エロすぎ」爽やかな声が降ってきた。舐めたら夏みかんの匂いがしそうなオレンジの前髪から水滴が伝って落ちてくる。えろすぎ、は、わたしではないだろう。この水に濡れた綺麗なひとの話だろう。

龍ちゃんが私みたいに浮いてたらきっとオフィーリアでオレンジのエンゼルフィッシュなんだろうな、と、おもった。私はドザエモンでマグロだったとしても。だって、ああ、こんなに美しいものがやさしい透明に包まれていたら、私なら見惚れる。私でなくともみとれるだろう。にへら、と笑う。おふぃーりあ。と私は笑いながら手を伸ばして白く丁寧に整っている鼻をつまむ。龍ちゃんは不満げに口を尖らせて目をきゅうっと細める。


「俺なら―」


ゆらり、と水に紛れてゆるく身体が引き寄せられる。龍ちゃんが私を水の下から抱きしめる。耳を白い歯があまく噛む。ゆっくりとふたりぶんの重さで沈んでいく。おれをくるわせたなまえをさきにしずめるよ、という声を脳が受け取る頃には私の身体は青の中で冷えていた。頬肉を甘噛みされて、絵画でしか知らない世界の物語を怠惰な彼が把握していることに驚いて、それじゃあ私達どっちもどざえもんじゃないか、と嫌になる。さて、男女のどざえもんは何と呼ばれるべきなのだろうね?



20111219 −アクリル・アクア