ぐだぐだ | ナノ






死体を見た。

うちの学校の、ごみ捨て場で。残念なことに人が死んでいた。ばらばらにされて、顔とかはぐちゃぐちゃに潰されて、一見人間だったとは思えないほど改変されて。私は人の切断面を、血を、肉を見た。見てしまった。何かわからなかったせいで、まじまじと見て、臭いを吸ってしまった。思い出すだけでぞうっと胃の奥底が震える。

筋肉の切れ端が、剥き出しの骨にこびりついていて。白い脂肪は黄色く変色してどろどろで、つんとした、独特の刺激臭が鼻を貫く勢いで上ってきて、転がった目の黒い部分が私を、私をじっと恨みがましく見ていたのだ。泣きそうになってくる。恐ろしさ?とか、じゃなくて、もっと本能的な何かで泣きそうになって、私は情けないことにそのままぼろぼろぐずぐずえっとかうえっとかそういう声をあげて座り込んで泣き出してしまって、そうして、

それが今朝の話である。

私は頭から白衣を被って座っている。寒くも無いのに震えが止まらない。先生はプリントを作っている。喉がぺっとり張り付いたみたいに声が出ない。教室の中は静かで、遠くで人が走っていく音がする。先生がかったるそうにキーボードを叩く音がする。なんてことのない世界とあの恐ろしさがぐるぐる混ざり合って、頭がくらくらした。あのあとしばらく座り込んでぐずってた私を通りかかった先生が引っ張り起こして、すごく面倒くさそうに、どこかに電話して、「うちの学校のごみ捨て場で人が死んでいます」とか野良猫が死んでるからさっさと片付けろみたいな声で言って、人が集まってくる中私の頭に白衣をかけてなんかすごい事件の容疑者みたいに連行して、ここ。


「先生は」


ぽつんと私が喋っただけで、何かが遠ざかってしまうような気がした。「だいじょうぶ、なん、ですか」あれから何時間経ったんだろう。先生は、たん、とキーを押す。「大丈夫ですよ」私はあの目を思い出していた。あの、生きていけたはずのこの先を途切れさせられて、現在続いてるもの全てをうらんでるみたいなあのねっとりした視線を思い出していた。「みょうじさん」先生の指が静かになる。「人の死は」

はじめてですか、と。遠くから先生の声がする。どうなんだろう。先生が言いたいのはきっとおそうしきとかそういう意味じゃないんだと思うけど、「はい」自分とは思えないほど澄んで冷え切った声が出た。「こわかったです」今思うと私は一体あそこまで何に恐怖していたのだろう。「私達を」何かに、じゃなく、その恐怖を恐れていたような気がした。


「見ていた気がして」

「何が、ですか」

「何かが」

「あの眼球を通して?」


先生の、感情の乗らない声に、初めてくだらないという含みが乗る。私は椅子の上で膝を抱えたまま、そんな気がしたんです、となんだか恥ずかしくなって小さな声で締めた。「私には」外はびっくりするほど明るい。もうすぐ昼になるんだと思う。「何も」なにも、と言った先生を見る。先生は外を見ている。明るい日光に目を細めている。私は続いていくはずだった眼球を思い出す。この先の何かにしがみつけるはずだった、しがみつくことが許されていたはずだった何かに手を振り払われた眼球を思い出す。

先生の目は、おおきくきれいに、澄んでいる



20111204 −真昼の眼窩