ぐだぐだ | ナノ






「雨生くん」


彼女の声はわかりやすい、と思う。うりゅー、と呼ぶときのりゅーが甘く吊るような音になる。りゅう、じゃなく、りゅー、って呼ぶ。甘い。媚びるように抜ける吊られるような音。たぶん本人は気付いてないから言わない。言ったらきっと直すだろうから。わざとらしく、りゅう、にアクセントを置いて呼ぶようになるのだ。「雨生くんってば」「聞いてるよー。なぁに」「聞いてないよね。もう言わない」「ごめんなさい」

ぼうっとしてると通り過ぎていく。流れ星のようだ。それも暗くない夜空の、空が、赤くなって黒くなる真ん中の薄くなびく紫あたりでぽつぽつ見える程度の小さな星が、空に溶け去るような。明確な軌跡も残さずに。そういうものに見える。彼女の声も、彼女そのものも。「いつもぼーっとしてると」その忍耐とかそう呼ぶべき、俺に構い続ける彼女の精神は―「大切なことも聞き逃しちゃいますよぉ」―尊敬に値する、時がある。無頓着の自覚くらいはさすがの俺にも、ある。


「大切なことってたとえば?」

「明日の生物は体育になりました、とか」

「げっ」

「うそ」

「なんでそんな嘘つくのさ…びっくりした」

「雨生くんやっと話聞いたね」


困ったように眉が動いて、目を閉じて優しく笑う。というだけの仕草に、また彼女の発している言葉が何を意味しているのか右から左へとすり抜けていき、ぼーっと夢の中にいるような気分が戻ってくる。沸き立つものの無い世界だと思う。この世界は薄く霞んだ、完全な夜闇が訪れる前のぼけたような静寂そのものだと思う。欠伸が出て仕方ない、時間帯で、夜が更けるまで一眠りしたくてたまらない。そういう時間だからこんなに眠くてたまらないのも、夢の中にいるような気分がいつまでも続くのも仕方が無い。

仕方が無いのだ。俺がほだされているのも。


「雨生くん」

「うん」

「うんじゃないよ」

「聞いてないけど続けて」

「じゃあ続けない」

「わかった聞くから何の話だっけ」

「雨生くんが好きって話だよ」





20111130 −流れ星が掴めない