ぐだぐだ | ナノ







たとえばの話をしよう。

そう言うと羽が生えたとか下半身が魚になったとか鼻が伸びたまま戻らなくなったとかそういう「どうしようもないですね」としか回答できない想像をしてしまうけど、そうじゃない。たとえば、たとえば。数分前。私が口を開かなかったらとか、数秒前。この人が何も答えなかったらとか、そういう他愛もない「どうなるかわからない」たとえばの話をしよう。

数分前の私は好きですと言った。数秒前のこの人は私も好きでしたと言った。


「先生は自分の生徒でもいけるひとですか」

「下品な言い方をなさいますね」

「いけますか」

「愛していれば」


うん、これはひどい。こんな冒頭の恋愛映画が存在していたら私は開始15分で牛乳をチンしに台所に向かうし小説だとしても床に開いたまま伏せてごろ寝しながらつまめるお菓子を探しに行くレベルだ。先生こんなこと言う人じゃない。あんな顔で真摯に「愛していれば」などとぬかされたら私は、口元がひくつくのを懸命に堪えつつ愛についてもっと本気出して考えなきゃならない。だめ。

数分前の私は好きですと言った。数秒前のこの人は私は嫌いでしたと言った。


「ははあ、先生って女は嫌いなんですか」

「女ではなく貴女が嫌いです」

「私は好きでした」

「迷惑です」


ああ、うん、想像しやすいぞ。やはりあの顔に一番似合う言葉は「迷惑です」「そもそも私は人間が嫌いです」この2つだろう。「前職は男爵でした」もなかなか、「いえ出来心で…最初はカバンが当たっていただけなんです」とかもいいだろう。何かずれてきたけど、とにかく彼には否定が似合う。たくさんのものを拒絶し背いている顔をしている。あと、なんかちょっとあぶない犯罪に手を染めてそうなイメージ。

たとえばの話おわり。

数分前の私は「あなたが嫌いでした」と言い、数秒前にこの人は「私は好きでした」と、言った。


「どうしようもないですね」

「ええ、どうしようもありません」

「先生は誰かを好きになるようにはみえない」

「みょうじさんは誰かを拒むようには見えない」

「嫌いです」

「私は」


好きでした。と先生が言う。だからどうしたいわけでもない、という響きが仰々しく込められている。「それならどうして」たとえばにできないことをあなたは私にしたんですかと言うことすら、もう。私の数分前はもうどこにもない。数分前にあった全ては闇の中。数秒前の好きですだけが残っている。「あなたが、すきでした。ずっと」空虚な死神が優しく私を諌める。私の立っている場所はもうどこでもない。数秒前からこの先までをずっとずっと隙間なく埋めていくすきですだけが残響する。

血を失いすぎて何も見えない。彼に似合う拒絶の黒だけが、在る



20111226 −黒濁色の羊水