夜のシロガネ山に登ってはいけない。そこにはそれはそれは恐ろしい、人を殺める者が居るから
絶対にその者の歌を聴いてはいけない。長く冷たい夜に笑う、魔物に殺されたくなければ…

そんな話だ
しかしくだらない噂と侮るなかれ、夜のシロガネには本当に居るのだ
ひそひそとトキワを中心に広がっていく都市伝説は、確かにあの山を不可侵としていく。そもそも滅多に正攻法で登山許可が下ろせる人間はいないのだが、保険は掛けておくに越したことはない。

あるいは殺人鬼
あるいは人を食らう者
あるいは無念を抱えた亡霊

人を伝えば伝う程、噂は形を変えていく。もっと禍禍しく、もっとグロテスクに
だから安心していられたのだが…

「あ…グリーン、あのね…」
「分かってる。大丈夫だからな」
「だって、僕、また…」
「夜にわざわざ来たこいつが悪いんだよ。レッドは何にも悪くない」

かたかた。自分の右腕を左手で押さえ付けて震えているレッドを抱きしめて、グリーンは子供をあやすように背中を優しく叩いていた。瞳孔の開ききった瞳から涙を流している様はグリーンの心の一部を満足させるが、同時に不快に感じる部分もある。レッドが泣いているのはグリーンのためやせいではなく、そこに居る死体が原因だからだ。

血溜まりの中に沈んだ肉塊の目だったものは大きく見開かれている。胸には凶器であろう鋏が、抜かれて置いてある。
なんてことはない、よくあるレッドの発作だ。噂に釣られた無謀な男は、こうして噂の主に殺される。当然のことだ

初めに一人、バトル後に吹雪が強くなったために泊めたトレーナーが、目覚めた時には寝袋の中を血溜まりにして死んでいた。刺殺だった。
以降レッドと夜、同じ空間に居た人間は次々に死んでいった。全て刺殺だ。グリーンも一度、レッドに殺されかけている。

ただ可笑しそうに純粋無垢な笑い声を響かせて、鋏とナイフが鉄金属の甲高い悲鳴を奏でる様は、狂気という言葉の意味を遺憾無く見せ付けた。
だが、グリーンにはそれすらも愛しく見えたのだ。







元ネタ:切裂サチコ




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