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[mokuji]
その村では数年に一度、この村を治めるという“紅様”への供物が選ばれる。
紅様というのは人ではない。
この村で奉られている土地神のような存在だ。
村の山の奥にある祠に“いる”といわれているだけで、もちろん見たものはいない。
そんな目には見えない“神様”という人ならざる者に捧げられる供物はいわば生贄だった。
人を捧げる事に罪悪感がないわけではない。
大雨からの洪水、酷い干ばつに飢饉――。
ほんの些細な天候の気まぐれで人々の暮らしはすぐに困窮する。
人間の力ではどうすることも出来ない禍に、居るのかすらわからない神をもにすがるしかないのだ。
それはどこの村でも同じこと。おそらく他の村でも似たような行事はあるだろう。
多を生かすため少を殺す。この村とて例外ではないのだ。この“紅様”だが、姿を見たものはいない、というのは『生きた者』に限定しての話だ。
生贄として捧げられた者たちはきっとその姿を見ているだろう。
しかし、彼らは生きて帰らない。
正しくは生きて『は』戻ってこない。
生贄が捧げられた後、麓の谷で“彼らだったもの”が見つかる。
それは四肢は引き裂かれ臓腑が食い破られ、何が表で何が裏やら、もはや人とすら判別のつかない赤黒い肉塊となっている。
それ故に『紅』様と呼ばれるのだが、それが見つかれば紅様がその生贄を気に入った証しなのだ。
紅様の正体が神様であれ、妖であれ、それが見つかった年は例え近隣の村が飢餓で喘いでいようがこの村は安泰であった。
だからそれがもし見つからなければ、また新たな贄を捧げ続けるしかない。
神様が気に入るまで何度でも、何人でも。
この生贄には健康であるということ以外別段規定はない。
男女問わず紅様が気に入りさえすればいいのだ。そのため罪人や事情を知らぬ旅人が連れて行かれることが多い。
この数年近隣は大飢饉となり、村では厄災を避けるため毎年のように生贄を捧げ続けた。
そのため今では手頃な罪人がいなくなってしまった。今年もその儀式の日が近づいた。
運悪く――村人達ににとっては運良く――この村に訪れた若い旅人がいた。
義理の兄の居る村へと向かう途中だという大柄の青年を、村人達は村へ留まるよう仕向けた。
最初の数日は盛大に歓迎して警戒心を解き、儀式まであと数日となり油断しきったところで牢へと閉じ込める。
時間がかかりまだるっこしい方法ではあるが、無理やり閉じ込めたところで暴れられて、大切な供物に大きな怪我をされては意味がない。
それに最期に良い目を見させてやるのは冥土の土産というやつだ。
村人にも多少なりこの哀れな旅人への慈悲があるというわけだ。
ただし、今年のこの若者はこの村の異様な空気に気づいた。気づいてしまった。
そしてとある村人の助けを得て儀式の日の前日に逃げ出し姿を消した。
その手引きをしたのが黒子テツヤだった。
紅様というのは人ではない。
この村で奉られている土地神のような存在だ。
村の山の奥にある祠に“いる”といわれているだけで、もちろん見たものはいない。
そんな目には見えない“神様”という人ならざる者に捧げられる供物はいわば生贄だった。
人を捧げる事に罪悪感がないわけではない。
大雨からの洪水、酷い干ばつに飢饉――。
ほんの些細な天候の気まぐれで人々の暮らしはすぐに困窮する。
人間の力ではどうすることも出来ない禍に、居るのかすらわからない神をもにすがるしかないのだ。
それはどこの村でも同じこと。おそらく他の村でも似たような行事はあるだろう。
多を生かすため少を殺す。この村とて例外ではないのだ。この“紅様”だが、姿を見たものはいない、というのは『生きた者』に限定しての話だ。
生贄として捧げられた者たちはきっとその姿を見ているだろう。
しかし、彼らは生きて帰らない。
正しくは生きて『は』戻ってこない。
生贄が捧げられた後、麓の谷で“彼らだったもの”が見つかる。
それは四肢は引き裂かれ臓腑が食い破られ、何が表で何が裏やら、もはや人とすら判別のつかない赤黒い肉塊となっている。
それ故に『紅』様と呼ばれるのだが、それが見つかれば紅様がその生贄を気に入った証しなのだ。
紅様の正体が神様であれ、妖であれ、それが見つかった年は例え近隣の村が飢餓で喘いでいようがこの村は安泰であった。
だからそれがもし見つからなければ、また新たな贄を捧げ続けるしかない。
神様が気に入るまで何度でも、何人でも。
この生贄には健康であるということ以外別段規定はない。
男女問わず紅様が気に入りさえすればいいのだ。そのため罪人や事情を知らぬ旅人が連れて行かれることが多い。
この数年近隣は大飢饉となり、村では厄災を避けるため毎年のように生贄を捧げ続けた。
そのため今では手頃な罪人がいなくなってしまった。今年もその儀式の日が近づいた。
運悪く――村人達ににとっては運良く――この村に訪れた若い旅人がいた。
義理の兄の居る村へと向かう途中だという大柄の青年を、村人達は村へ留まるよう仕向けた。
最初の数日は盛大に歓迎して警戒心を解き、儀式まであと数日となり油断しきったところで牢へと閉じ込める。
時間がかかりまだるっこしい方法ではあるが、無理やり閉じ込めたところで暴れられて、大切な供物に大きな怪我をされては意味がない。
それに最期に良い目を見させてやるのは冥土の土産というやつだ。
村人にも多少なりこの哀れな旅人への慈悲があるというわけだ。
ただし、今年のこの若者はこの村の異様な空気に気づいた。気づいてしまった。
そしてとある村人の助けを得て儀式の日の前日に逃げ出し姿を消した。
その手引きをしたのが黒子テツヤだった。
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