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黒子はいつものとおり準備を済ませると玄関へと向かった。
一月も末となれば正月気分も完全に抜け、世間ではもう春の話題が飛びかっている。
しかし気温は未だに低く、玄関を開ければ身を切るような寒さが襲った。
容赦なく吹きつける北風におもわず首をすくめた。
むき出しの肌に刺すような痛みさえ覚える。
早く学校に向かおう、と急ぎ足になる黒子だったが、見覚えのある金色を視界にとらえ足を止めた。
相手も黒子に気づいたようで、満面の笑みを浮かべると駆け寄って来る。
平均的な身長から頭ひとつ分飛び抜けた金髪に長い手足と整った顔。
「おはよう、黒子っち」
と、流石モデルといわんばかりのきらきらとした笑顔を振りまく黄瀬に、思わず黒子は眉をひそめた。
「……なんで居るんですか」
出会い頭に抱きつくという過剰なスキンシップを受け止め、ふらつきながら黒子はため息をついた。
いつからそこに立っていたのか、冷えきった彼のコートからは冬の鉄っぽい匂いがする。
「一番に会いたかったからっス!」
当然とばかりに答える黄瀬に、さらに黒子の眉間にしわが寄る。
「そうですか……。今日はいつも通り授業があるはずなんですけど?」
そう、今日は平日だ。
誠凛高校は高校3年生がいないため関係のないのだが、自由登校以外の生徒は通常通り授業があるはずだ。
ましてや彼の高校は神奈川にあるのだから、こんな時間に黒子の家になど居ていいはずがない。
「……えーと、俺の高校、今日創立記念日なんス」
途端に眉尻が下がる。分かりやすい表情の変化だ。
「それは知りませんでした。では部活はどうしたんですか?」
「あ、いや、俺のクラス学級閉鎖で……」
「そうですか」
「ほら、えっと、インフルエンザで……」
黒子がじっと黄瀬の目を見つめると、彼は困ったように視線を逸らす。
これでは嘘をついていると言っているようなものではないか。
「黄瀬君」
黒子がもう一度ため息をつくと、黄瀬はびくりと肩をふるわせた。
「……ホントっスよ。今日電話があって……」
黄瀬は取り繕うように言葉を重ねるが、次第にしどろもどろになり、意味をなさない音を吐き出したままうなだれてしまった。
「黄瀬君、もうわかりましたから」
叱られた犬のように分かりやすくしょげる背の高い彼の頭を撫でると芯まで冷えきっているのがわかる。
なんでまたこんな寒い日に、とぽろりとこぼすと
「……ごめんね」
と、さらに背を縮こめた。
「……今からでも学校に行ってください」
きっと1限は遅刻になってしまうが、それでも完全に欠席してしまうよりはマシだろう。
それに黄瀬は大きく頭を振った。
「それは嫌っス」
黒子の腕を掴んだ手に力がこもる。
「今日は黒子っちの誕生日っスからちゃんと祝いたいっス」
食い込む指が痛い。逃がさない、と言外ににおわせる行動に黒子はますます混乱した。
「……僕の誕生日……?」
そういえば今日は1月31日だった。
「そんな程度のことだったんですか」
その程度の事で学校までサボって、こんなに寒い中突っ立っていた、と?
黒子にしてみれば、誕生日など今まで忘れてしまっていたくらい些細なこと。だのに。
「程度、なんかじゃないっス!」
それに対して黄瀬はなぜこんなに必死なのか。
確かに誕生日を祝ってもらえるのはうれしい。しかしこの黄瀬の様子は“それだけ”のことにしては異様に思えた。
「よくわからないのですが……祝ってくれるのはうれしいです」
「だったら――」
「でも学校には行ってください。ズル休みして祝って貰っても嬉しくないですよ」
黄瀬が口を開く前に釘を刺す。
わかってくれますね? と念を押すと、不服そうに頷いた。
「……わかったっス」
実際、まだ納得はしていない様子だったが、一応は大丈夫だろう。
黒子が褒めるようにさらさらの金髪を梳いてやれば目を細めて手のひらにすり寄っていく。
手のかかる大型犬の相手をしてるようだった。
「じゃあ放課後、迎えに行くっス」
いいほど撫でまわし、乱れた髪を整えていた黒子は突然の言葉に目を瞬かせた。
「え、学校にですか」
「そうっス。だから勝手に帰っちゃだめっスよ」
いいって言ってくれないなら学校いかないし行かせない、と黄瀬はだだっ子のように口を尖らせた。
冗談のように振る舞っているがその目は真剣だ。
黄瀬は普段は波風立てず人なつこく振るまっている反面、一度決めたら頑固なところがある。
昔にその負けん気は買うと言ったがこういう場合は難儀なものでしかない。
これは了承するまで本当に梃子でも動かないのだろう。
「……わかりました」
黒子が頷くと、ようやくいつもの笑顔に戻る。
「約束っス!」
一体何がそんなに嬉しいのか。
黒子には全く理解出来なかったが、上機嫌で走り去る黄瀬を見送り、自分も学校へと急いだ。
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黒子はいつものとおり準備を済ませると玄関へと向かった。
一月も末となれば正月気分も完全に抜け、世間ではもう春の話題が飛びかっている。
しかし気温は未だに低く、玄関を開ければ身を切るような寒さが襲った。
容赦なく吹きつける北風におもわず首をすくめた。
むき出しの肌に刺すような痛みさえ覚える。
早く学校に向かおう、と急ぎ足になる黒子だったが、見覚えのある金色を視界にとらえ足を止めた。
相手も黒子に気づいたようで、満面の笑みを浮かべると駆け寄って来る。
平均的な身長から頭ひとつ分飛び抜けた金髪に長い手足と整った顔。
「おはよう、黒子っち」
と、流石モデルといわんばかりのきらきらとした笑顔を振りまく黄瀬に、思わず黒子は眉をひそめた。
「……なんで居るんですか」
出会い頭に抱きつくという過剰なスキンシップを受け止め、ふらつきながら黒子はため息をついた。
いつからそこに立っていたのか、冷えきった彼のコートからは冬の鉄っぽい匂いがする。
「一番に会いたかったからっス!」
当然とばかりに答える黄瀬に、さらに黒子の眉間にしわが寄る。
「そうですか……。今日はいつも通り授業があるはずなんですけど?」
そう、今日は平日だ。
誠凛高校は高校3年生がいないため関係のないのだが、自由登校以外の生徒は通常通り授業があるはずだ。
ましてや彼の高校は神奈川にあるのだから、こんな時間に黒子の家になど居ていいはずがない。
「……えーと、俺の高校、今日創立記念日なんス」
途端に眉尻が下がる。分かりやすい表情の変化だ。
「それは知りませんでした。では部活はどうしたんですか?」
「あ、いや、俺のクラス学級閉鎖で……」
「そうですか」
「ほら、えっと、インフルエンザで……」
黒子がじっと黄瀬の目を見つめると、彼は困ったように視線を逸らす。
これでは嘘をついていると言っているようなものではないか。
「黄瀬君」
黒子がもう一度ため息をつくと、黄瀬はびくりと肩をふるわせた。
「……ホントっスよ。今日電話があって……」
黄瀬は取り繕うように言葉を重ねるが、次第にしどろもどろになり、意味をなさない音を吐き出したままうなだれてしまった。
「黄瀬君、もうわかりましたから」
叱られた犬のように分かりやすくしょげる背の高い彼の頭を撫でると芯まで冷えきっているのがわかる。
なんでまたこんな寒い日に、とぽろりとこぼすと
「……ごめんね」
と、さらに背を縮こめた。
「……今からでも学校に行ってください」
きっと1限は遅刻になってしまうが、それでも完全に欠席してしまうよりはマシだろう。
それに黄瀬は大きく頭を振った。
「それは嫌っス」
黒子の腕を掴んだ手に力がこもる。
「今日は黒子っちの誕生日っスからちゃんと祝いたいっス」
食い込む指が痛い。逃がさない、と言外ににおわせる行動に黒子はますます混乱した。
「……僕の誕生日……?」
そういえば今日は1月31日だった。
「そんな程度のことだったんですか」
その程度の事で学校までサボって、こんなに寒い中突っ立っていた、と?
黒子にしてみれば、誕生日など今まで忘れてしまっていたくらい些細なこと。だのに。
「程度、なんかじゃないっス!」
それに対して黄瀬はなぜこんなに必死なのか。
確かに誕生日を祝ってもらえるのはうれしい。しかしこの黄瀬の様子は“それだけ”のことにしては異様に思えた。
「よくわからないのですが……祝ってくれるのはうれしいです」
「だったら――」
「でも学校には行ってください。ズル休みして祝って貰っても嬉しくないですよ」
黄瀬が口を開く前に釘を刺す。
わかってくれますね? と念を押すと、不服そうに頷いた。
「……わかったっス」
実際、まだ納得はしていない様子だったが、一応は大丈夫だろう。
黒子が褒めるようにさらさらの金髪を梳いてやれば目を細めて手のひらにすり寄っていく。
手のかかる大型犬の相手をしてるようだった。
「じゃあ放課後、迎えに行くっス」
いいほど撫でまわし、乱れた髪を整えていた黒子は突然の言葉に目を瞬かせた。
「え、学校にですか」
「そうっス。だから勝手に帰っちゃだめっスよ」
いいって言ってくれないなら学校いかないし行かせない、と黄瀬はだだっ子のように口を尖らせた。
冗談のように振る舞っているがその目は真剣だ。
黄瀬は普段は波風立てず人なつこく振るまっている反面、一度決めたら頑固なところがある。
昔にその負けん気は買うと言ったがこういう場合は難儀なものでしかない。
これは了承するまで本当に梃子でも動かないのだろう。
「……わかりました」
黒子が頷くと、ようやくいつもの笑顔に戻る。
「約束っス!」
一体何がそんなに嬉しいのか。
黒子には全く理解出来なかったが、上機嫌で走り去る黄瀬を見送り、自分も学校へと急いだ。
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