Nの目の端の涙を掬って舐めた。
綺麗な透明の雫は少し塩辛い。
きらきらと光っていたそれは予想より美味しくは無くて、なんとなく落胆した。
「N、」
ベッドにNを押し倒し、頬に唇を寄せる。
Nは肩を震わせながらも、僕の服をきゅっと掴んだ。
次にNの首筋に唇を寄せて、軽く何度か口づけた後、そこに吸い付き痕を付けて。
自分の服をはだけ、Nに近付く。
「…付けて。ここ」
首筋を示せば、Nは一瞬躊躇ってから僕の首筋に吸い付き、小さく音を立て唇を離した。
「ありがと」
次は額に口づけ、また目尻の涙を舐め、抱きしめた。
「N…」
Nの身体からは抵抗するような力は感じられない。
でも、小さく唇が動いた。
「…」
Nは涙をぼろぼろと零し、僕の胸を軽く押した。
「…やだ」
離さない。
そう言うとNは首を横に振って、また涙を零す。
「駄目。離さない」
「ブラック…!」
「嫌。…僕にはNしか居ないんだ」
Nの瞳に映る僕は、確かにもう狂っていて。
Nをただ求め、また唇を寄せた。
次は唇を塞ぐ。
唇を舌で割りNの口の中をくちゅりと音をさせ味わって、赤く染まる頬に手を添え更に深く味わって。
もうこのまま死んでしまえればいい、と。そう思う。
Nの気管を僕の吐く息で塞いでしまって、僕の気管をNの吐く息で塞がれてしまって、死んでしまえたら。
「ずっと傍に居たい…」
傍に居られないなら死んでしまいたい。
それほどにNを愛してる。
唇を離してそう呟いたら、Nは僕を見てこう言った。
「ブラック、ボクも…ボクもキミがスキ。…でも、でもキミだけのものにはまだなれないよ。…ボクは、ポケモン…トモダチを解放するために、」
「僕から離れてしまう」
Nは口を閉じて僕を見た。
「やだよ嫌だ離れるのは寂しい行かないでN」
N、僕がキミを守るからもうプラズマ団も何も関係無いから、だから離れるのは嫌だよ、行かないで。
そう言ってNの胸に顔を押し付けた。
するとNは少しの間を置いてから、言った。
「ブラック…どうしてキミはそんなに寂しいの?キミには沢山仲間がいるじゃないか。トモダチがいるじゃないか。…ボクなんかより大切な人、ポケモンが沢山いるんじゃないのかい?」
「居ない」
Nの胸に顔を押し付けたまま、即答したら、Nは困ったように僕の背中に腕を回して、優しく撫でてくれた。
「…ブラックはどうしてそんなにボクを求めるの?…求めてくれるの?」
「Nがスキだからだよ」
Nの胸から顔を上げ、顔を向き合わせ。
「僕にはNしかいない。僕はNが居なくなったら世界もいらない。命もいらない。Nが居てくれたら何もいらない。…N以外いらない」
「ブラック」
Nの瞳が揺れる。
「行かないで。どこにも行かないで」
「でも…」
「嫌だ…!置いていかないでよ…!」
「…」
ふと、Nにぎゅっと抱きしめられた。
「…N…?」
「ブラック」
抱きしめられた身体は微かに熱い。
「N」
「…ブラック…お願い。分かって」
「…」
「ボクはキミの願いも聞いてあげたい。それは確かだよ。…でも、行かなきゃいけないんだ」
Nの胸から顔を上げて、じゃあ、と小さく問う。
「どうしたらずっと傍に居てくれる?」
「…全部、終わったら。そしたら傍にずっと居てあげる」
Nは僕の髪を梳くように撫でながら、そう言った。
「…本当?」
「うん。…ボクとキミ、本当に正しいのがどちらか、世界はどうなるか、英雄になれるのか。…全部に決着がついて、それでもキミがまだボクを求めてくれるのなら、ボクはキミの傍にずっと居てあげる」
「…本当だからな?」
「勿論。嘘なんてつかないよ」
「…」
ゆっくり身体を離し、起き上がる。
ベッドから少し離れ、はだけた服を整える。
「N、…ごめん」
それからNの服も直して、手を引き立ち上がらせて。
「…寂しくて…またわがまま言った」
「ううん。…良いんだ。キミに求めてもらえるの…嬉しい。…ボクもキミが…スキだからね」
Nは僕を最後にもう一度抱きしめて、笑顔をすっと引っ込め、
「ボクの見た未来の中、キミは不確定要素になれ。…そうすれば、キミの望みは近付く。キミがそうなれること、ボクは期待もしているから」
そう早口に言い、扉を開け、部屋から出ていった。
一人になった部屋で、僕はずっとNの出ていった扉を見ていたけれど、立ち上がって鏡の前に歩いていった。
また整えたばかりの服を軽くはだけ、鏡に映す。
首筋に散らばる赤い痕。
一回会う度にNは一カ所しか付けてくれないそれが、かなりの数散らばっている。
「…わがままばっかりだ」
また服を整え、ベッドの近くの鞄を拾い上げ、肩にかけて。
「…不確定要素、か…なってやるよ」
Nの言う不確定要素がどこからかは分からない。
でも今こうして何度も何度もNを呼び出す僕の姿は、Nの未来の中に居たんだろうか?
それともその程度じゃ関係ないぐらいのことなんだろうか。
「行こう」
扉を開け、外に出る。
もう、Nの姿はそこには無かった。


縫い付けられたら
わがままでもいいから、一緒に居たかった。


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