「はいこれ。秘伝の薬。……効き目すっげえ強いから、使いすぎには注意しろな」
「うん。……ありがと、ゴールド」
「いいんだよ」
ゴールドは僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「……でも、寂しいな。……まあ、二人ともまた遊びに来いよ。待ってるから。また来たら残りの町案内してやるから」
「うん」
「ゴールド、シルバー」
「ん、N、どうした?」
「ありがとう。ボク、楽しかった。四人でいろんな所行ったりして、楽しかったよ」
「こちらこそ。俺らも楽しかった。な、シルバー」
「ああ」
ゴールドは笑い、Nの肩を叩いた。
「次会う時にも、また楽しませてやるよ。ジョウトって、確かにあんまり何も無いけどさ、俺らが楽しくしてやる」
「ありがとう」
ゴールドはNが笑ったのを見てよし!ともう一度Nの肩を叩き、一歩下がった。
そのゴールドの後ろでシルバーは立っていて、いつもと変わらずゴールドを呆れたように見ていた。
ゴールドは一日徹夜で、全速力で薬を買いに行っていたせいで、髪型も少し崩れて、服も少し薄汚れ、少し疲れたような感じもしていたけれど、いつもと変わらないように笑ってくれていた。
「絶対、また来いよ」
「うん。絶対来る」
「うん、必ず」
僕らはレシラム、ゼクロムを呼んだ。
「わ、そいつらがお前らの6匹目?」
「うん」
「かっこいいな、なんか。シルバーもそう思わないか?」
「確かに……なんと言うか、力強さがあるな」
「だよな」
ゴールドとシルバーに見送られ、レシラム、ゼクロムに乗る。
「また、連絡しろよ」
「うん。そっちも」
「じゃ……また、な」
「うん、……またな」
「また、会おう……」
「気を付けろよ」
ゴールドとシルバーが手を振ってくれている。
地面が遠ざかっていく。
「……また、会いに来られるよね」
「……うん」
Nの小さな呟きも、風の音に消されていく。
「メノクラゲも……また会いたいなあ」
「そうだな……」
確かに、元々のここに来た理由はそれだったんだよな。
でも、ジョウトでの思い出の中、ほとんどの景色に居たのはあいつらだった。
小さくなっていくジョウトの景色、あの二人が見えた気がして目を擦ったら、やっぱり気のせいで、何も分からなかった。
速度が上がっていくにつれ、ジョウトは見えなくなっていく。
ゼクロムとNを窺うと、やっぱりNは泣いているみたいだった。
「……寂しいな」
小さく呟いたら、レシラムが慰めるように鳴いてくれた。
「ありがとう」
首を撫でてやる。
ジョウトはもう雲の先。

「……着い、た」
「うん」
Nは袖で目を擦り、僕の手を引いた。
久しぶりのイッシュ。
カノコタウンの外れで、レシラム、ゼクロムと別れる。
「急ごう。ロアが待ってるよ」
「そうだな。急ごう」
僕もその手を握り返し、走り出した。
視界の端、メノクラゲと出会った川が横切った。
久しぶりのカノコタウンは、少し懐かしい匂いがした。
その中でも一番懐かしいドアを勢いよく開ける。
「ただいま!……母さん?」
「ただいま、……ロア!」
二人で玄関に慌ただしく靴を脱ぎ捨てるような勢いで上がり、2階に駆け上がる。
いつもポケモン達が居る部屋、そこでロアは母さんに見守られていた。
「母さん!ロアは……?」
「お帰りなさい、二人とも。……そうね、経過は良くも悪くもないらしいわ。平行線みたい」
「新しい友達が、薬くれたんだ。すごく効くって」
「そうなの、どうかしら……」
「これ。……あ、ボール」
「そうだね。ゾロアーク達も心配してるみたいだし出してあげよう」
僕は薬を母さんに渡してから、ボールを開けた。
Nも隣でボールを開く。
ポケモン達は皆心配そうにロアを覗き込んだ。
母さんは水に薬を混ぜ、ロアに飲ませてやる。
「どう?」
ロアは小さく鳴いた。
「……ちょっと楽かも知れないって。やっぱり効き目強いんだね」
「良く寝た方がいいよ。薬飲んで良く寝ればきっと良くなる」
「そうだよね……」
Nはそっとロアを撫でた。
「そうだよ。きっと大丈夫。大丈夫だよ、N」
「そうだよね、うん……そうだよね。ロア、ゆっくり眠るんだよ」
ロアは小さく鳴き、目を閉じた。
ゾロアーク達が傍に行き、撫でてやったりし始めた。
ロアはゾロアーク達に身体を寄せるようにして、寝息を立て始める。その隣にゾロが寄り添った。
「……うん、ロアも親に会えて良かったわ。今までよりずっと安心したみたいだもの。……さ、ブラック、N、こっちにいらっしゃい。ご飯にしましょ。ね?」
「うん、行こ」
「うん」
Nは最後にロアをもう一度撫で、立ち上がった。

階段を下り、母さんは僕らを居間で改めて見た。
「なんだか久しぶりね」
「そうだな」
「ボク、ただいま、って言えて嬉しかった」
「N……当たり前だろ、Nも家族なんだから」
Nの背中を軽く叩いてやる。
「うん、嬉しい」
Nは表情を崩し、母さんに、
「お帰りなさい、って言ってくれてありがとう」
そう言った。
「ブラックもNも、楽しんできたみたいで良かったわ。喧嘩でもしてたらどうしようって心配してたのよ」
「しないよ。……な?」
「うん、最近はしてないね」
「昔はしてたの?」
「……いや、……まあ、」
母さんの責めるような目から視線を逸らす。
……まあ、親に向かって言えないようなことしてたんだしあれはNにも咎められて当たり前だろう。
「ちゃんと解決したの?」
「も、勿論!な?」
「うん。ちゃんとやめてくれた」
「そうならいいんだけど」
「うん、やめたよ、ちゃんと」
「そう。ならいいわ」
母さんは僕の頭を小突き、
「ブラックは昔から悪いこと平気でするんだから」
と言ってNに笑う。
「でも、言ったらちゃんと改めてくれるから、ブラックはまだ大丈夫だと思う」
「そう……Nの言うことは聞くの。いいわねえ」
「母さんの言うことも聞いてる」
「あら、そうだった?」
母さんはまた声をたてて笑い、食卓の準備をしに行った。
「ブラック、小さい頃も何かしてたのかい?」
「……大したことじゃないよ。子供にありがちなしょうもない悪戯とか」
「そうなんだ。駄目だよ、悪戯は」
「今はしないって」
笑って見せたら、Nもつられるように笑った。
「ほら、座って」
「あ、うん!」
「晩飯、何?」
Nと二人、食卓に向かう。
久しぶりの家での食事は、なんだか懐かしかった。
「ブラック」
夕飯食べて、風呂に入ってから部屋に帰ったところで、Nが抱き着いてきた。
「何?」
「なんだか、懐かしいね」
「うん、……そうだな」
「本当、シアワセだな……こうやって、帰ってくる場所があるって、いいね」
Nは僕のことを抱きしめたまま、肩にそっと頭を乗せるようにして。
「なんだか、いいよね。ブラックも居て、トモダチが居て、お母さんは優しいし、それに、この町に居る皆、良くしてくれるし……」
「Nも、僕の家族だし、カノコの一員。だから当たり前だよ。全く特別なことじゃ無いんだ。こんぐらいでシアワセシアワセ言ってたら、僕がNをシアワセにし過ぎて殺しちゃうよ」
真剣な声音を、わざとふざけて崩す。
すると、Nは声をたてて笑った。
「それは困るなあ」
「だろ?だから、こんぐらい当たり前!ってぐらいにならないと、僕にかかれば冗談抜きで死ぬぞ」
「うん、分かったよ。ブラックにもっとシアワセにして貰えるように、慣れていくから……」
「うん、それでいい」
僕もNをぎゅうと抱きしめてやる。
……思い切り力を込めて。
「ちょっと痛いよ」
顔を上げてNが少し困ったような視線を投げ掛けてくる。
「……シアワセの痛み思い知れ」
「なんだか違う気がする!」
「僕もそう思う」
少し必死なNになんだか笑えてきて、少し力を緩め、それでもしっかり抱きしめたまま、Nを見上げる。
「Nが可愛いのが悪い」
「可愛くなんかないよ」
「ん、……僕はそう思わないかな」
腕を一旦離し、上に動かして、Nの頭の後ろを撫でる。
「Nのこと、本当にスキだから」
「ボクだって、ブラックのこと本当にスキだよ」
「嬉しい」
「……ボクも」
そっとNの頭を引き寄せ、その唇に自分の物をくっつける。
そして、そのまま離した。
「やっぱり、シアワセだな。ブラックと一緒に居られて、それで、スキって言ってくれて、抱きしめたりキスしてくれて」
「そっか」
「うん」
「……、僕も、だけどな」
「え?」
もう一度Nの頭を引き寄せ、今度は耳元で囁く。
「……僕も、Nと一緒に居られて、触ったり、話したりできるだけで、シアワセだってことだよ。……Nだけだよ。こんな気分になるの。こんなにスキになるのは、Nが初めてだからな」
「ブラック」
Nの僕を抱きしめる腕に微かに力が込められるのを感じた。
「……嬉しい」
……さっきはあんなこと言ったけど。
こっちこそ気をつけないとシアワセ過ぎて死んでしまうんじゃないだろうか。

「……ね、ブラック」
しばらくして、Nがゆっくり身体を離し、口を開いた。
「何?」
「……ロア、治るかな」
「治るよ。絶対。……ゴールドも、あの薬本当に効くって言ってたし、ロアだってそんな弱い奴じゃないさ」
「そう、だよね」
「うん。……絶対、大丈夫だから」
「ロアが元気になったら……また、出かけようね」
「うん、絶対な」
Nの頭を撫で、僕も外を見る。
久しぶりのイッシュの景色は、なんだかやっぱり懐かしかった。


ただいまと言いました
帰る場所があるって、いいよね。


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