「美味しい」
とりあえず昼時だったから、近くに有った食堂で昼食をとることにして、港町だからと魚を頼んでみた。
焼き魚と、煮付け。
どちらも美味しかったけど、イッシュとは少し味付けが違った。
二人で一皿ずつの焼き魚と煮付けをつつきながら、ポケギアで地図を見て目的地を考える。
「うーん……カントーへはここから船かコガネからリニアみたいだな。ジョウトも見て回りたいから、とりあえずはこっち……陸側から行ってみたいな」
Nは?と促すと、Nは焼き魚を骨が無いことを確認して口に運びながら、うん、と頷いて、口の中の物を飲み込んでから、
「いいと思うよ、前来た時はあんまり見て回れてないから、ボクもほとんど初めてなんだ」
と笑った。
「前の時はブラックが気になって気になって仕方なくてさ」
「……うん」
僕は正直複雑な気持ちで煮付けを口に入れた。
Nの真っ直ぐ過ぎる心から出て来る言葉は、たまに僕を複雑な気分にさせる。
時と場合ってやつ、……そう、空気だ。
あれを読むのがNは相変わらず下手くそだ。
前よりは人間らしくなっているけど、流石にそこまで求めるのは酷なことなんだろうか。
口の中の煮付けをもそもそと咀嚼しながら、Nを見つめてみる。
Nは、
「ブラックと一緒ならどこでも楽しいよ」
なんて、またそんなことをさらりと言ってのけ、今度は煮付けの骨を取り始めた。

もう昼も過ぎてしまったから、今日はもうどこにも行けそうにない。
だからもう今日は宿を取ってしまうことにした。
ポケモンセンターで一部屋借りて、部屋に入る。
「ポケモンセンターはイッシュとあんまり変わらないなあ」
別段軟らかい訳じゃないけど固くもないベッドに腰掛けて、呟く。
僕らが二人で来たからか当たり前のこととして二つベッドがある部屋を貸してくれた。
Nはもう一つのベッドに腰掛けて、帽子を脱いで近くに置いた。
「シャワー、先に使う?」
「ううん、ブラックどうぞ」
「いや、僕はちょっとやりたいことあるからさ」
「分かった。じゃあお先に」
Nは着替えを持って部屋備え付けのシャワーを浴びに行った。
それを確認して、僕は鞄を開けた。
先に着替えを出して、それから、ポケギアをつけた。
「もしもし、ブラックです」
『ハーイ、ブラック!ジョウトはどう?』
「……まだ、よく分かりません」
『そう、まあ確かに一日目だものね!さて、それで貴方どうしたの?』
「いや、ちょっと尋ねたいことがあって……」
僕は電話の向こうのアララギ博士に向かって、ジョウトにイッシュのポケモンを持って行って大丈夫なのかというようなことを聞いた。
『……ああ、確かにあそこにはまだあまりイッシュのポケモン居ないから珍しがられるかもしれないわね。でも、逃がしたりとかしない限りは大丈夫よ、心配ないわ。特に調子崩すことも無いはずよ!……あ、でも何かあったら言いなさいね』
「ありがとうございます」
『いいえ!ジョウト楽しみなさいね』
「はい」
ポケギアを切って、ベッドに倒れ込む。
「……良かった」
もしも悪いことがあったらどうしようかと思った。
微かにシャワーの音がまだ聞こえる。
Nとは何回ももう一緒に風呂入ったから、何とも思わない……とかそんな訳は勿論無くて、思わず想像したNがシャワーを浴びる姿に頬が熱くなった。
「何考えてんだ、僕……」
ごろんと転がって、足は靴を履いたままだからベッドから出したままで俯せになって、布団に顔を埋める。
「……」
N、まだかなあ。
薄らぼんやり待っていたら、足音がした。
「あ、N、お帰り」
「うん、ただいま」
少ししんなりとした髪の毛をタオルで押さえながら、Nは向かいのベッドに腰掛けて、僕にシャワーどうぞ、と言った。
「うん。じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい」
着替えを抱えて、シャワーを浴びに行く。
シャワールームの扉を閉めて服を脱ぎ、着替えと一緒に脇に置いてシャワーカーテンを引いた。
お湯を少し出して温度を確認すると、少し温かったから、少しだけ温度を上げた。
Nは温めが好きなんだなあ、なんてぼんやり考えながら、シャワーを浴びた。

シャワーを浴び終わって、部屋に戻るとNは靴を脱いでベッドの上で寝転び、何かをしていた。
「何してるんだ?」
「ん?あ、ブラック!今ね、これ見てたんだ」
「ん?……ジョウトのガイドブック?」
「うん。部屋に置いてあって、勝手に読んで良さそうだったからさ」
僕も靴を脱いで、Nの隣に寝転んで、本を覗き込んだ。
「ジョウトにもイッシュに有るような施設も沢山有るんだよ。……ほら、このポケモンセンターもだし、ジムもポケモンリーグも有るんだって。ポケモンが居るとやっぱり戦わせたくなるのがトレーナーなのかな」
「……やっぱり、嫌?」
「うん……そうだな、前よりは、嫌じゃないよ。なんとなく、バトルをする意味、分かってきた気がするしさ。……でも、必要のないぐらいバトルばっかり、は嫌だな」
「そうだよな」
Nは、鞄を開けて、小さな箱を出した。
「バッジケース?」
「うん」
かちゃ、と音を立ててそれを開ける。
「これを手に入れるために、ボクのために戦ってくれたトモダチたちは、本当に頑張ってくれたんだなって、これを見て最近はそう思えるよ」
「うん、そうだよな」
僕も鞄からバッジケースを出し、開ける。
きらきらと光る8個のバッジ。
ひとつひとつに思い出もある。
「イッシュのジムを制覇して、イッシュのリーグを勝ち抜けたことは、確かにトモダチを傷付けもしたけど、今ではよかったと思うんだよ。トモダチを信じて戦えたことは、よかったと思うんだ」
「そうだよな。……ポケモンリーグ、勝ち抜けたのもポケモンが頑張ってくれたからなんだよな」
バッジケースを閉じ、鞄にしまう。
「あ、あとさ」
Nもバッジケースをしまってガイドブックを指差し、
「ほら、ポケモンセンターにショップ、入ってなかったけど、それ、別だからなんだって。……ほら」
「あ、本当だ。へえ……すごいな」
「そうだよね」

二人でガイドブックを指差しながらあれこれ言い合って、とりあえずは次はエンジュを目指すことにした。
珍しい建造物が沢山あるらしい。
確かに、写真だけでもイッシュじゃ見ないような建物が建っていて、興味をそそられた。
「じゃあ寝ようか」
「うん」
Nからガイドブックを受け取って、近くの棚に置いて、立ち上がろうとして……服の裾を引っ張られた。
「……うん。いいよ」
何も言われなかったけど、またベッドに寝転んで、布団を引き上げてNをぎゅっと抱きしめたら、Nは嬉しそうな顔をした。
一旦手を離して近くのスイッチで電気を切って、またNを抱きしめる。
「狭くない?」
「うん、狭くていいんだ」
Nは僕を抱きしめて、
「ブラックだからね」
と小さく笑った。
「僕ならいいのか?」
「うん。ブラックだからね」
Nは、僕をじっと見ながら、小さく笑ったまま、
「ブラックがスキだからだよ」
と付け加えた。
僕はNの頭を引き寄せて、頬をするりと撫でた。
「ありがとう」
そのままNの唇を塞ぐ。
お互い疲れていたし、ただ塞ぐだけ。
それでもNはシアワセだ、と呟いた。
「シアワセ?」
「うん、シアワセだよ」
「なんで?」
「なんでか?……ブラックと居られて、こうしてスキって言われて、言えること。あと、ブラックに触ってもらったりすると、シアワセになるよ」
「よかった」
Nを抱きしめ直す。
相変わらず真っ直ぐな言葉に耳まで熱くはなるけれど、嫌じゃ、ない。
「ボクは……ブラックが、スキだ」
「僕もNが、スキだよ」
明日も歩くから寝ようか、そう言ったらNはそうだね、と呟くように言ったきり、ゆっくりとした寝息を立て始めた。
細い身体を抱きしめ直し、僕も目を閉じる。
静かになった部屋にはNの寝息と微かな波の音だけが鳴っていた。


真っ直ぐすぎて、
君の真っ直ぐな言葉に振り回されて、今日も僕は考え込んでばかり。


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