「レシラム、久しぶりだな」
見上げると、レシラムは笑ったように見えた。
「レシラム、ブラックに怪我が良くなって良かったねって」
「あ、うん。ずいぶん時間かかったけどな、治ってよかったよ。本当」
今はもう僕の足はしっかり地面についていて、ちゃんと体重を支えている。
「で、レシラム。頼みが有るんだ。……遠くへ、行きたくてさ」
レシラムと、その隣のゼクロムを見る。
「ゼクロム、前行った、ジョウトと、カントー。あそこへ行きたいんだ」
レシラムとゼクロムは、しっかり頷いてくれた。
僕らは鞄の中身とお互いの服装を確かめて、振り返った。
「母さん、行ってくる」
「……お母さん」
Nは、とと、と母さんに歩み寄って、
「……えっと……あの、……また、帰ってきて、いいのか、な……」
母さんはNの手を握った。
「当たり前よ。ブラックと喧嘩したって帰ってきていいの。Nはもう私のもう一人の息子なんだから」
「……ありがとう。お母さん」
Nは真新しい帽子をきゅっとかぶって小さく言った。
その帽子は無くしてしまったらしいNの帽子の代わりに母さんが買ってきたもの。
Nが昔かぶっていた物にそっくりだ。
旅に出るなら帽子は無きゃ、と買ってきてくれた。
「行ってきます!」
Nの手がするりと離れた。
母さんとゾロとロアとでしばらくは家に居てもらうことになる。
母さんはゾロアーク達の代わりにゾロとロアの面倒を見てくれると言ってくれた。
Nはゼクロムに乗り、僕もレシラムの背に乗った。
「行こう」
レシラムが翼をはためかせるのと一緒に、カノコタウンが遠ざかる。
隣を見たら、ゼクロムが同じように舞い上がる所だった。
「あっちだよ」
すぐにスピードが上がる。
帽子を押さえながら、下を窺うと、イッシュが離れていくのが見えた。
イッシュから出るのは生まれて初めてだ。
すぐにイッシュは見えなくなっていって、海ばかりが視界に広がった。

「……つい、たっ」
久々に地面に足をつけた。
「ありがとう、ゼクロム」
「レシラム、ありがとな」
レシラムとゼクロムをしまって、周りを見渡す。
「空気、イッシュより綺麗だね」
「本当だな。海の傍だから潮の匂いするけど」
着いた場所を地図で確認。
なんでもこの機械はポケギアというらしい。
ライブキャスターみたいにテレビ電話は出来ないけど、地図が見れたり時計が見れたり、あとはラジオが聞ける。
ライブキャスターが圏外になってしまうからと、前もって母さんが買ってくれていた。
イッシュでもポケギアは通じる。ライブキャスターとも通話が出来て、その時は当たり前だけどお互いの顔は見えない。
だから今ではライブキャスターの方が人気だ。
「えっと……アサギ、っていう町の近くだって」
「港町みたいだね」
「うん」
遠くには船が何隻かあり、海岸では泳いでいる人もいる。
「Nは、海は初めてなんだよな」
「海に行く、って目的ではね」
Nは水際まで歩いて行って、手を浸した。
「冷たい」
「うん」
Nは一旦水から手をあげて、振り返って僕にメノクラゲは?と聞いた。
「あ、ああ」
モンスターボールを出して、開いた。
「ここが、故郷なのか?」
「……、そうみたいだよ!よかったね」
Nはメノクラゲの頭を撫でた。
「元気でやるんだよ、もう捕まらないようにさ」
「あんまり悪戯するなよ。……元気でな」
メノクラゲは触手で僕らの手を握って、ぶんっと振って、それから離れ、触手を手を降るように大きく振りながら、波の間に消えていった。
「元気でね……!!」
「じゃあな!」
隣を見たら、Nはぼろぼろ涙を零しながら泣いていた。
「N……」
「ブラック……淋しいね。……何回も、トモダチとは……別れたのに、慣れないよ」
Nは両手で顔を覆って、子供みたいに泣いていた。
確かに前は会うたび手持ちが変わっていた。その度Nはこんなに泣いていたんだろうか。
……僕と、別れた時は?泣いてくれたのかな……
そんな気持ちを頭を振って振り払って、Nの背中をぽんぽんと叩いてやる。
「N……元気出して。ほら」
「うっ……うう、ぐす、……ありがと、ブラック……」
「落ち着くまで待ってあげるから」
「うん……」

Nはしばらく海を見て、ぽろぽろ涙を零していたけど、やがて泣き止んだ。
「……ありがとう。もう、落ち着いたよ」
「大丈夫?」
「うん。……メノクラゲがシアワセになれたらいいな」
Nは最後に海に向かって小さく手を振って、僕を見た。
「目、赤い?」
「……うん、泣いたみたい」
「うう」
Nは困ったように言う。
「分かりやすいかな……」
「うーん……まあなあ」
「……ちょっと、待っててくれる?」
「いいよ」
砂浜に腰掛けて、二人で波を見つめる。
町外れだからか人は少なくて、ほとんど沖で泳いでいる。
波乗りしている人が乗っているポケモンも、見たことがないポケモンだ。
なんだか改めて遠くに来たんだと実感した。
「あのさ、ブラック……ありがとう」
「え?」
「泣かせてくれて、ありがとう」
「……どうして?」
Nは、砂を指先で掻き混ぜながら、ぽつりと呟くように言葉を発していた。
「昔はね、泣けなかったんだ」
長い髪の毛に隠れた顔からは、表情は見えない。
微かに見える口元は、笑っているようにも見えたし、また泣いているようにも見えた。
「怒られてたんだ。泣いたら駄目だって。……ゲーチスにさ、……貴方はプラズマ団の王様になる人間です、そんな人間が軽々しく涙を零してどうするのですか、って怒られてたんだ」
Nはさらに俯いて、
「でも、ブラックと一緒に過ごすようになってからは、泣いてばかりだよ。……感情のコントロール、下手になっちゃったのかな。……ブラックにサヨナラ、って言った後、久しぶりに泣いたんだ。それまではトモダチと別れた時も、泣かないで別れられたんだよ。悲しかったけど、泣かなくていられたんだ。……でも、ブラックにサヨナラって言ったら、淋しくて淋しくて、涙、止まらなくなって……それからかな、泣いてばっかりだ」
Nは久しぶりに僕を見た。
泣いていなくて、ただ、少し笑っていた。
「そのかわり、笑えるんだよ。……前は、笑えてなかったでしょう?」
「……うん、綺麗に笑うようになったよな」
「感情を出せるようにもなったように思うし、悪いことばかりじゃないんだ」
僕はもう何も言わず、Nの後ろ頭をくしゃくしゃと撫でた。
Nは膝を抱えるようにして、顎を乗せて、あとはされるがままになっていた。
「ブラックは優しいから、スキ」
小さく呟いた声ごとぎゅうと抱きしめたら、Nは本当に優しいよ、と小さく言った。


さあ、旅に出ようか
実は僕との別れで泣いてくれたことが嬉しかったのです。


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