ゆっくりと起き上がって、絡まったままの指を離す。
「ほら、起きて、N」
「んん……」
ぱちり、目と目が合う。
「あ……おはよう」
「おはよう」
Nはゆっくりと起き上がって、ベッドから下りた。
僕もベッドに腰掛け、腕でベッドを押して、立ち上がる。
「あ、ほら!立てるっ」
「え、無理しちゃ、だっ……」
「あっ」
かくん、と足が急に体重を支えられなくなって、前のめりに倒れてしまう。
Nが慌てて抱き留めてくれなかったら、きっとどっか打ってた。
「……駄目だよ、無理しちゃ」
「筋肉落ちてる……治ったと思ったのに……痛くないのに」
「でも今日でギブス取れるんだよね」
「うん。まあそこはいいこと有ったな」
手伝ってもらいながらパジャマから着替える。
もう随分慣れてもうお互い何の抵抗もなく着替えられるようになった。
帰ってきて、なかなか経ったんだと感じる。
それから、Nに抱き上げてもらって、一階に降り、車椅子に乗せてもらった。
「さ、ご飯食べて、そしたら病院だ」
「うん」
Nに押してもらって居間に行ったら、母さんはもう皿を並べ終わったところだった。
「ブラック、N、おはよう」
「おはよう」
「おはよう」
「あ、今日病院だっけ」
「うん」
「そっか。N、お願いね」
「分かった」
母さんは席に座って、
「ほら、冷めないうちに食べましょ」
と笑った。
「うん」
席について、手を合わせて、いただきます、と言ってから箸を持った。
うん、もうこれでこんなやりにくいのとはおさらばだ。
綺麗な黄色の玉子焼きを口に運ぶ。
「今日の、甘い」
「ああ、甘めにしたの。どう?」
「美味しいよ。……な?」
「ん?……あ、本当だ。甘いけど美味しい」
Nは玉子焼きをゆっくりと食べながら、
「いつものも好きだけど、これも美味しい」
と言った。
「うん。そうだな」
「そう?じゃあたまにはまた甘くしてみようかしら」
母さんは嬉しそうに笑った。
……うん、他のおかずもやっぱ美味しい。
「そういえば、Nもあんまり好き嫌い言わないから家は楽でいいわ」
「そうだよなあー、N大体大丈夫だよな」
「うん……そうだね、そうかも」
Nは真剣にまた鮭の骨を取っている。
強いて言うなら魚の骨が苦手なんだろうか。

ゆっくりと車椅子を押してもらって、病院に向かう。
Nはやっぱり楽しそうになんでもない物を指差しては笑う。
「N」
「何?」
「楽しい?」
「え?……うん、楽しい。ブラックと一緒だからね」
「そっか」
車椅子を押しながらNは僕の髪の毛をそっと撫でた。
「ん?」
「あ、葉っぱ付いてたよ」
「ありがと」
Nはまた車椅子に両手を添えて歩きだす。
「車椅子とはまだ付き合うことになりそうだなあ……歩けないし」
「でも、病院の先生もギブス取れたら少しずつ動かしていいって言ってたし、きっとすぐまた歩けるよ」
「だと、いいなあ」
「手とかはもう動くんだし、足もきっとすぐ動くよ」
空を見上げたら、曇り空。
雨は降らなさそうだけど、肌寒い。
視界を擦る葉っぱは、紅葉して赤い。
少しずつ散りはじめているものもあった。

「うん、軽い。ほら!動く!」
「うん、よかったね、治り方順調で」
まあ帰りもやっぱり車椅子だけど。
自由になった腕を空に伸ばしたら、指先を真っ赤な葉がかすめる。
「なんか……幸せ」
あはは、と笑ってみたらNも嬉しそうに笑ってくれる。
あー、本当幸せ。
「N、今日はいい日だな」
「うん。ブラック、嬉しそう」
Nは車椅子を押して歩きながら、ふ、と横を見た。
「あれ?」
「ん?」
「……あっ!」
ぱっとNは道の脇に車椅子を置いて、モンスターボールを放った。
ゾロアークだ。
ゾロアークは草むらに分け入って、一匹のポケモンを抱き上げた。
「ミネズミ?」
「怪我してる。……大丈夫?」
ミネズミは小さく鳴いて、Nに何かを訴えた。
「……うん、分かった。……怖かったでしょう、大丈夫。……ゾロアーク、ポケモンセンターにこの子を連れていってあげて」
すると、ゾロアークはぱっと青年に姿を変えて、Nからミネズミを受け取った。
『分かった』
「そしたら、トレーナーとまた会えるまで保護してもらえないか聞いて、駄目だったら……また、連れて来て」
『分かった』
ゾロアークはカラクサタウンの方向へ駆けていった。
「……迷子?」
「みたい。トレーナーとはぐれちゃったらしくて。この辺の生まれなら馴染んじゃうはずだから、生まれた時からその人と一緒だったんだね」
「そっか……また会えるといいな」
「うん。リボン付いてたりしたし、きっとトレーナーもあの子のこと探してるしね」
Nはゾロアークが走っていった先を見ながら、
「そういえばゾロアーク、大丈夫かな」
「え?」
「いや、幻影で化けてるだけだから、見る子が見たら分かっちゃうし、……まあ、大丈夫か。この辺ゾロアークもゾロアもあんまり居ないから」
「……一応、僕の行かせとく。あいつなら何回か一人で行ったことあるし、もしもの時はなんとかできるから」
鞄の中から、モンスターボールを出して、開ける。
「聞いてた?」
ゾロアークは頷くと、少女に姿を変えた。
『大丈夫です、ちゃんとなんとかします』
そして、一旦この辺に棲息していて目立たない、マメパトに姿を変えて、飛んでいった。
「あの子たちなら、仲いいし大丈夫だよ」
「うん。そうだな」
Nはまた僕の車椅子を持って、歩きだした。

「ただいまー」
「ただいま」
家に帰ると、玄関にゾロアが飛び出してきた。
僕が元から持っていたゾロアと、僕とNのゾロアークの子供。
二匹共♂で、悪戯が好きなやんちゃものだ。
「え?ああ、ゾロアーク達はちょっとお使い行ってもらったんだ。すぐ帰ってくるよ」
ゾロアは二匹とも、ゾロアーク達にしっかり懐いていて、よく四匹で遊んでいる。
「あ、そうだ。ほら、これ」
Nはしゃがみ込んで、二匹に何かを付けた。……リボンだ。
「見分けが付きにくいってお母さんが言ってたから、ブラックが診てもらってる間に買って来たんだ」
ほら、と指差して、
「ブラックの子は、空色。で、新しい子がオレンジ」
「あ、いいな」
「で、呼ぶのも、考えたんだけど、何かニックネーム付けたら、わかりやすいねって、ゾロアークに相談してたんだ」
それで、とNは二匹を順番に差して、
「ゾロと、ロアがいいかなだってさ。……どう思う?」
「いいと思うよ」
僕は二匹を見て、頷いた。
わかりやすいし、いいんじゃないかな。
「空色が、ゾロ。オレンジが、ロア。……覚えた?」
「うん。ゾロアだから、か」
「わかりやすいよね、ゾロアーク達が考えてくれたんだ」
二匹はリボンをお互いに見たりして、しばらくくるくるしていたけど、すぐぱっと外へ駆けていった。
「あ、帰ってきたかな」
「うん」
外をみたら、ゾロア達がゾロアーク達が化けた姿の青年と少女に抱きしめられている所だった。
「お帰り、どうだった?」
『ちゃんと保護してもらえた』
「あ、よかった。問題なかった?」
『なかったです』
「そっか!ほら、帰ろう」
『はい』
『分かった』
Nはゾロアーク達を促して家に入って、玄関を閉めた。
すると、ゾロアーク達はすぐに幻影を解いて、二階に上がっていった。
最近、二階の一部屋をポケモン達に使わせている。
大きなポケモンは無理だけど、そこまで大きくないポケモン達は好きなようにやっている。
もちろん言い出したのはNだ。
大きなポケモン……レシラムやゼクロムは、帰ってきてもらう合図だけ決めて、今は自由に外に放してある。
僕はレシラムに野生に戻ることも提案したけど、レシラムは僕のポケモンのままで居てくれると言ってくれた。
……正直、かなり嬉しかった。

「……った、」
「ブラック、無理しないで、ゆっくり……」
「大丈夫」
机に手をついて、ゆっくり足に力を入れていく。
「あ、いけるかも」
「あっそんな、急に離したら駄目だよ」
肩に手が添えられる。
「立てたっ……うわ」
また手を机につく。
「……一瞬……」
「で、でも!前より全然長いよ」
「そうかなあ」
近くの椅子に座って、足を伸ばす。
「……あー……、絶対、早く歩けるようになる」
Nの腕をそっと掴んで、
「……そしたら、どっか、行きたいな」
「そうだね」
Nは僕の足を見て、
「早く元みたいに良くなるといいね」
と、言った。
「今、何時かな」
「ん、と……11時過ぎ」
「寝よっか」
「うん」
Nに支えてもらってベッドに移る。
そして寝転がって、手を伸ばす。
「おいで」
「うん」
Nは電気を消して布団を引き上げて潜って、僕に抱き着いた。
「ブラック、暖かい……」
僕もNを抱きしめかえしたら、嬉しそうに笑ってくれた。
くっついた胸が呼吸に合わせて上下するのも、腕にぎゅっと力が込められるのも、全部をはっきり感じる。
同じ匂いがする長い髪の毛が僕の腕をくすぐって、さらさらと流れた。
「N」
「何?」
Nがちゃんと目を合わせてくれる。
表情の読みにくい、光が薄い瞳に僕だけが映っている。
真っ暗な中だけど、ちゃんと分かる。
カーテンの薄い隙間からの光で、Nの瞳と髪の毛はきらきらしていた。
「……綺麗だな」
「えっ」
「目も、髪の毛も、きらきらしてる」
「……あ、……ブラックも、かっこいい、よ」
「褒め返さなくても……。背とか高くもないし、髪もただの茶色だし。それに、顔立ちも普通」
「そんなことないよ。……それに、身長は伸びてるよ。最初会ったときより絶対伸びてるから、大丈夫。ボクはもう止まったから、いつかブラックの方が高くなるかもしれないよ」
Nは、僕の頭に手を置いて、
「いつか、ブラックのこと見上げる日が来るかもしれないね」
と呟いた。
「そうかな……。そうだといいなあ」
でも、ゲーチスも高かったし、Nは明らかに血筋も有りそうだ。
僕なんて一般の……
……もういいや。うん。牛乳飲もう。牛乳。
「どうしたの?難しい顔してる」
「……ん?いや、牛乳飲もうかなと」
「ああ、寝る前にホットミルク飲むとよく眠れるらしいね」
「……らしいな」
「違った?」
違わないよ、ととりあえず不思議そうな顔に指を伸ばして、頬をするりと撫でる。
「ブラック、指、冷たいね」
「え?」
撫でた慣性で唇を軽くつつくと、Nはその指をぱくりとくわえて、舐めてきた。
「わ……っ」
背中がくすぐったいようなぞくぞくするような変な感覚が僕を襲った。
「え、N……くすぐったい」
「ん、うん、よく考えたら綺麗でもないね……ごめん」
「汚くはないよ」
僕はNの手を握って、
「……だからさ、Nの、僕が舐めていい?」
とちょっと笑って見せたら、やっとNは顔を赤く染めた。
「……あ、う、うん……いいよ」
おずおずと指先が差し出される。
僕は躊躇せずすぐにその指を口に含んだ。
口の中が少し冷たい。
だから、口の中の温度を分けるように、舌で舐めていく。
指の腹も、爪の端も、横も。全部を味わうようにゆっくり舐める。
「……っ、」
Nの肩がぴくっと震えた。
「ん?」
「くすぐったい、」
「……うん」
「しゃべるの、くすぐったいよ……」
話す事で起こる微かな振動がくすぐったいらしく、Nは指も微かに震わせた。
それでもまだ舐めて、指の冷たさが気にならなくなった所で、指を離した。
「うわ、寒い」
きゅう、とNはスウェットの胸元を掴んだ。
その指をゆっくりはがして、自分の指に絡める。
「こうしたら、暖かい」
「うん」
Nは、僕の指と絡めた指にきゅっと力を軽く込めて、
「暖かい」
と小さく呟いた。
「……さ、もう寝ちゃおう」
絡めたのと逆の手でNを抱き寄せて、目を閉じる。
「おやすみ」
「うん。おやすみ」
Nの手にそっと抱き寄せられるのを感じながら、僕はゆっくり目を閉じた。
久しぶりに抱きしめあって眠るのは、本当に暖かくて安心できて。
……Nが小さな寝息をたてるのを聞きながら、僕は眠りについた。


抱きしめあって眠ろうか
そうすればほら、幸せ。


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