やっと、久々に僕は白から解放された。 ……いや、あんまりされてない。 体中真っ白な包帯でぐるぐる巻きだ。 しかも、歩けないし。 「ブラック、ほら、見て!」 でも、Nは嬉しそうに僕を乗せた車椅子を押して、なんでもない物にも指をさして、 「あの葉っぱ、もう真っ赤だよ」 と笑ってくれる。 「うん、もうそろそろこの辺りも完全に紅葉だな」 「そうだね」 今度は川のほとりで立ち止まって、 「あっ、見て、あそこ」 と川の反対の岸を指差した。 「ん?」 「秋の色のシキジカが居る」 「え?……あ、本当だ」 こちらに気付いたのか、シキジカは森に紛れてすぐ見えなくなった。 「あっ……行っちゃった」 そして川を覗いて、 「あんまり珍しい子、居ないね。バスラオが沢山だ」 と僕に教えてくれた。 「あ、ブラック、寒くない?」 「大丈夫」 「よかった」 Nはまた車椅子を持って、歩きだした。 本当にご機嫌だ。 よっぽど僕の退院を喜んでくれているらしい。 まだまだ日常生活を普通に送れる訳じゃないけど、Nがここまで喜んでくれるなら僕もなんだか嬉しかった。 車椅子を押しながら、ずっと喋っている。 Nは元々そんなに沢山喋る方じゃないから、本当に嬉しいらしい。 家に帰ると、僕のポケモン達が出迎えてくれた。 一匹一匹ちゃんと撫でてやって、僕らは家に入った。 「あ、ブラック、N。お帰りなさい」 母さんはもう先に帰ってきていた。 さっき病院にも来ていたけど、夕飯の準備とかが有るからと途中で別れていた。 「ただいま」 「ただいま。……ちょっと外の子達入れてくる」 Nは、ボールを抱えてまた外に出ていった。 「ブラック、大丈夫だった?」 「うん。Nが段差とかちゃんと避けてくれたから、全然」 「そうなの。Nは車椅子押すの上手いのね」 「うん、みたい」 僕と母さんが少し喋っている所で、Nがボールを抱えて戻ってきた。 「ただいま」 「おかえり。ありがとう」 「ううん、皆が早く会いたいからって出してあげてたんだ」 Nはボールをしまってから、僕を乗せた車椅子を押して、居間に上げた。 「あっ、そうだ」 そしてテーブルの前に置いて、急にNはぱっと振り返って、駆けていった。 「N、嬉しそうね。最近あんなに元気無かったんだから」 「そうなんだ」 「夜もなかなか眠れないらしくてずっと電気が点いてたりしたし、朝もなんでかすごく早起きだったり」 「……うん。……聞いてみとく」 「そうしてあげて」 そこにNが何かを抱えて戻ってきた。 「はい!」 「え?」 満面の笑顔で僕の膝の上に置かれたのは、まだ小さなゾロア。 「?」 「ボクのゾロアークとブラックのゾロアークが持ってたタマゴから生まれたんだって」 言われて視線を落とすと、ゾロアは僕をそっと見上げた。 「ほら、ゾロア。この人がブラック。お母さんのトレーナー」 Nがゾロアの頭を撫でながら言うと、ゾロアはぱっと顔を輝かせて、僕に擦り寄ってきた。 「ブラックと会うの、楽しみだったんだって」 「そっか。はじめまして、ゾロア」 頭を撫でてやると、ゾロアは頭を僕の手に押し付けるようにして擦り寄せてくる。 「あ、くすぐったい」 「ゾロア、ブラックまだ怪我完全に治ってはないから、あんまり力入れちゃ駄目だよ」 Nが慌てたように言うと、ゾロアは少しおとなしくなった。 「うん、いい子だ」 また頭を撫でてやりながら、Nを見上げる。 「何?」 「いや、毎日病室で会ってたのにやけに喜ぶなあとか」 僕のその言葉には、たいした意味を込めたつもりもなかったのに、Nはえっ、と一瞬虚を突かれたように黙り込んで、それからぱっと顔を真っ赤に染めて俯いた。 「……えっと、えっと……」 Nはぎこちなくゾロアを僕の膝から抱え上げて、 「……えっと……、後で、言う」 とぎゅう、とゾロアを抱きしめながら言った。 その時ゾロアが小さく鳴いたのは聞こえなかった訳じゃない。 晩御飯はかなり豪華だった。 母さんは久しぶりに息子が二人とも居るんだから!と嬉しそうに食卓に料理を並べていく。 Nも皿を並べたりしていて、そんな姿を見ると、ああ、家族なんだよなあと改めて感じた。 「N、」 「ん?……あっ、何かいるもの?」 「ううん、……なんか、家族だなあ、とか」 「あ、うん。……ブラックが居ない間お母さん一人じゃやっぱり大変かなって、いろいろ教わったんだ。ほら、……あれ、何だっけ。そう、カップラーメン?あれ、作れるようになったんだよ」 「え?……すごいな、成長してる」 昔はサプリメントを主食とか言いながら食べてた(飲んでた)んだからNにしてみればかなりの進歩だ。 「だよね、でもこのあいだベルちゃんにその話したらなんだか反応微妙だったんだ」 ……うん、それ普通の反応。ベルは普通に正しい。 「まあ……うん、これからこれから」 ぽん、と背中を叩いてやったらNはうん、と頷きながら、にっこり笑って、それから手に持ったままだったドレッシングをテーブルに置いた。 そして全ての料理を並べ終わって、三人でテーブルを囲んだところで、いただきます、と言ってから食べ始めた。 固定はまだなんとなくされたままだから、箸はなかなか使いにくかったけど、使えなくはない。 取り分けられたおかずの中から、とりあえず傍にあった物に手を付けた。 「ん……美味しい」 「そう?ありがとう」 「美味しいよ」 「あら、ありがとう。どんどん食べて」 病院で食べてた物はどれも何と言うか薄味と言うか、ぶっちゃけあんまり美味しくなかったから、本当に美味しい。 箸を口に運びながらちらりと隣のNを窺うと、Nは魚の骨を真剣な表情で取り除いていた。そんな小骨まで取らなくても大丈夫だろうと思うんだがどうなんだろうか。 自分の皿の魚を見る。 小骨は無意識に食べている。 ……普通だよな。 →next (特に何もしませんが男二人で風呂入ってます。苦手ならこちらへ飛んでください) back |