晩御飯も食べ終わった。
でもまあ……まだいろいろと有るわけで。
Nは皿を下げて、僕に向き直った。
「……あの、」
「……うん」
「ほら、二人とも早くしないと」
「……分かってるよ」
「わ、分かってる……」
Nは顔を真っ赤に染めて、僕の車椅子を押して、歩きだした。
「もう、二人とも。兄弟どころじゃなく、貴方達恋人なんでしょ」
母さんはさらりと言ってのけるけど、正直これなら兄弟の方が……普通じゃないか。昔とか小さい頃からとか有るし。
「……ま、まあ、うん……昔、一緒に温泉、行った、よね」
「あ、ああ……銭湯、な」
「……うん」
お互いあははー、と笑ってみるも、あんまり効果を感じられない。
……うん、両手両足骨折なんて、するんじゃなかった……っ!
Nと二人で風呂に入りなさい、と母さんににっこり笑顔で言われ、二人で脱衣所までやってきた。けども。
「……ブラッ、ク……あ、えっと……その、どうしたらいいんだろ」
「……うん。あー……」
Nはとりあえず僕の上着のファスナーに手をかけて、
「う、上着なら……まだ……」
「あ、……うん」
めちゃくちゃゆっくりファスナーを下ろす。
なんか逆に恥ずかしい。
ぱっとやっちゃえばいいのに。
「……あ、えっと、腕、」
「大丈夫。多少」
「う、ん」
するり、と腕から袖が抜かれ、やっと一枚、籠の中に落とす。
Nは、そこからかなり悩んで、それから、
「どうしよう」
と呟いた。
「……どうする?」
「……どうしよう……あ、そうだ」
Nは今度は僕の腕に巻かれた包帯を解き始めた。
「解くんだよね」
「うん」
そして両側の腕から包帯を巻き取って、
「……足、」
足の包帯を巻き取る。
「……」
「……」
Nは黙り込んで、今度はN自身のシャツを一枚脱いだ。
ここまでで、普通に脱げる部分は全部脱いでしまった。
「……」
「……N、うん。……ほら、男同士なんだから」
「う、うん……じゃ、あ……脱がす、よ」
Nの顔をそっと窺うと、やっぱり真っ赤だった。
Tシャツを脱がされて、ズボンを。
「あんまり……み、見ないから」
「あ、うん……」
下着まで脱がせて、一旦風呂場の椅子に僕を座らせて、
「あ、えっと……ボクも脱いでくるから待っててっ」
とまた脱衣所に戻って行った。
一人、取り残されて、顔を上げると鏡の中の自分と目が合った。
……顔、赤い。
身体なんて今まで何人に売ったか分からないくせに、やっぱりNに対しては駄目だ。
「ブラック、開けるね」
「あ、うん」
Nは、僕の後ろに来て、
「あ、……えっと、髪の毛からでいい?」
と聞いてくる。
「うん」
頷くと、Nはシャワーで僕の髪を濡らし、それからシャンプーを手にとって、泡立てて僕の髪に指を絡めた。
Nの指が頭を撫でるように髪を洗ってくれる。
「……あ、気持ちいいかも。上手いな」
「え?本当?……他の人にはやったことないからよく分からない……」
Nは思ったより全然手際よく洗ってくれて、予想より早く洗い終わった。
「あ……身体」
「あー……うん、じゃあさ、前は自分で洗えそうだから背中だけ流してくれないかな」
「分かった」
そう言ったらNはボディソープを今度は泡立てて、僕の背中に伸ばすように洗い始めた。
少しくすぐったいような変な感じがする。
自分も身体の前側を洗いながら、後ろのNをちらりと窺う。
するとぱちりと目が合って、Nは、慌てたように、痛い?と聞いてきたから、僕は大丈夫だよと返しておいた。
Nは相変わらず顔を真っ赤にしたまま。
「できた?」
「あ、うん。流す?」
「うん。そうする」
シャワーで体中の泡を流してもらう。
それから、Nはゆっくり僕を湯舟に浸けてくれた。
「あ、……ボク、髪とか身体洗っちゃうけど、上がりたくなったら、遠慮なく言ってね」
「うん」
Nは髪の毛が長いから、髪を洗うのは大変そうだ。
さっきやけに手際が良かったのも、毎日そんな髪を洗ってるからかもしれない。
「Nの髪の毛、長いなあ」
濡れるとさらに長く見える。
「えっ、ああ……うん。色も珍しいでしょう?だから目立って仕方ないんだよね。一回染めちゃおうかと思ったんだけど、でもなんか怖くて、」
「やだよ」
「えっ」
「染めちゃおうなんて、駄目だから。僕、Nの髪の毛大好きだから」
「……あ、」
Nは持っていたシャワーをかたん、と落として、ぱあっと表情を輝かせた。
「本当……!?本当に?」
「ど、どうして?」
「ずっと……そんなこと言われたことないんだ。珍しいね、とかだけなんだ」
「そうなのか?本当に、綺麗だよ」
「嬉しい、ありがとう。もう絶対染めない」
シャワーを拾って泡を流し、今度は身体を洗いはじめる。
ぼんやりとNを見ていたら、ぱっとNがこっちを見て、
「……何か、ついてる?変?」
と首をかしげた。
「あ……ごめん、ぼんやりしてた」
ぱっとまた視線を水面に落とす。
右手をそっと持ち上げると、昔自分で付けたあの傷痕はほとんど分からなくなっていた。
首元のあの痕ももう分からない。
「ブラック……もう傷、分からないね」
「N……」
「これでもう今の怪我治ったら、完全に完治、だね」
「うん」
Nはボディソープを泡立てながら笑って、
「良かった。……ブラックの傷痕、消えて」
と言った。
「残ってたらどうしようかと思った。見える傷だけでも消えて、良かった」
それから身体にボディソープを伸ばし、洗い始める。
「Nは怪我、無いな」
「うん。ブラックのお陰で危ない目に遭ってないから。……でももうこれからはブラックだけで危険なことして欲しくない。本当に頼って欲しい」
「……うん。今回も助けてもらっちゃったしな」
「いいんだ。助けてあげられてよかったから」
Nは身体を洗い終わって泡を流した。
「もう上がる?」
「んー……」
Nを見上げて、悪戯っぽく笑ってみた。
「N、……一緒に入らない?寒くない?」
「えっ」
Nはまた顔を真っ赤にして、
「狭いよ、それに……恥ずかしい」
とぼそぼそと言った。
「……冗談だって。流石に無理だし。……上がろうか」
「うん」
Nに手伝って貰って上がって身体を拭いて風呂場から出て、脱衣所に戻る。
それから、パジャマを着せてもらって、車椅子に座らせてもらった。
Nも着替え終わって、僕に向き直った。
「じゃあ、包帯巻くね」
何だか久々に固定されるような感じがする。
「きつくない?」
「大丈夫」
両手両足、しっかりまた固定されて、それから、
「よいしょ、」
Nに抱き上げられた。
「うわ」
「階段、車椅子通らないから……ごめん」
「だ、大丈夫……?」
「ボクは大丈夫だよ」
Nは笑って見せて、僕を抱えたまま歩き出した。



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