とりあえず……帰って、きた。
と言っても、僕はもう自分の足で歩けなくて、Nに抱えてもらったんだけど。
まず家に帰ったら母さんは僕を見て小さく悲鳴を上げた。
「どうしたのブラック!?酷いじゃない」
僕の全身を調べて、
「早く病院行きなさい!……N、連れてってくれる?」
と言った。
「病、院」
「ああ、ブラックのポケモンに聞けば分かるわ」
「……やだよ、病院なんて」
「ああもう怪我人が文句言わないの!」
Nは僕を見て、
「病院……嫌い?」
と聞いてきた。
「嫌い」
きっぱり答えてみせると、Nは困ったように表情を曇らせて、
「……でも、ブラック……早く治さないともっとひどくなるかも知れないし、ボクじゃ怪我、あんまり分かってあげられないし、薬も無いし……」
と言った。
「……分かったよ、行くよ」
Nの顔を見て、僕はもう逆らえなかった。
「N、これお金」
「あ、ありがとう」
Nは母さんからいろいろなものを預かって、僕を一旦エンブオーに渡した。
「……本当は、ボクが連れていきたいんだけど……落としちゃいそう」
まあ、Nの細い腕じゃ仕方ないよ。
僕は頭を撫でてあげたかったんだけど、上手くいかなかった。

「退屈」
「退屈、って言われても……」
結果、僕は入院することになってしまった。
予想以上に骨が折られていたらしい。
「……それにさ、N、」
「何?」
「淋しいよ」
そう言ったら、Nはそっと、僕の手に触れて、
「ボクだって淋しい。でも、ブラックに早く治ってほしいから……だから、」
「……うん、ごめん。そうだな、早く治す」
ゆっくりNの手を握って、
「だから、だからさ……見舞い、来て」
「うん。来るよ」
「……絶対、だからな」
「うん。来る」
Nの顔を見たら、やっぱりNは笑ってくれて、ひんやりした手を握ったままで、僕はぽつりと話しはじめた。
「N、……城、どうだった?」
「……あ、うん」
Nは少し顔を曇らせて、
「……変わってなかった、ね」
と呟くように言った。
「もっと崩れてると思ったら……思うより、綺麗で、変わらなかった」
「うん、……変わらなかったな」
「ゲーチスは……」
Nは、そこで一旦黙り込んで、それからしばらくして、
「……もう、やっぱり許せないよ。ゲーチスはボクの大切なブラックをこんなに傷付けたんだ。……絶対、もう許せない」
とぽつりと言った。
「……N」
「だって、ポケモン達を悪用しようとしたり、沢山の人を騙してた。それだけじゃない、ゲーチスの理想のために沢山のポケモンや人が、もう犠牲になったと思う」
「うん」
「だから、もうボクはゲーチスを許せないし、プラズマ団にはもう戻りたくない」
「うん」
「……えっと、だから、ね」
Nは、ゆっくりと顔を上げて、カーテンのかかった窓のカーテンの先を見るようにして、遠くを見るようにした。
「……もう、ボクはゲーチスには執着心も何も無いし、ブラックが思ってるほど、あの城には置き忘れたものなんて、無いんだ」
「……そ、か」
Nは僕にまた視線を落として、
「今は、1番大切なのは……ブラックだから。だから、もう大丈夫」
「うん……そっか」
Nの瞳はやっぱり表情をあまり映さないけど、昔よりは目も何か言うようになっていた。
そっと瞳を覗き込むと、うっすらと何かを言おうとしていたけど、すぐそれも消えてしまった。
Nはまた顔を上げて、カーテンが微かに揺れるのを見ていた。
「N」
「何?」
「あのさ、……カーテン、開けていいよ」
本当は他に何か言おうとしたはずなのに、もう何がどうだったかも分からなくて、ただそう言ったら、Nは、
「ブラックはどうしたい?」
と首を傾げた。
僕に別段意見が有る訳も無くて、どっちでも、と言ったら、Nはじゃあ開けようかな、と椅子から立ち上がった。
「真っ白だ。この部屋。……ブラックが嫌いなの、分かるかも。……ずっとこの中に居たら、いつか目は色を捕らえられなくなりそうだよ」
カーテンに手をかけて、開く。
「楽してるとすぐ人間の能力は衰えるから。だから、たまには外見ていろんな色を見たらいいと思うよ」
「うん、そうする」
確かに、久しぶりに外を見ると、一瞬目が眩むような感じがした。
窓の外をたまに見ないと本当にこの目は白い色しか映せなくなりそうだ。
ぼんやり外を見ていると、急に部屋に電子音が響いた。
「あ、……ごめん、ちょっと」
Nはあ、とすぐ動いて、僕にライブキャスターを差し出してくれた。
「もしもし?」
『あ!ブラック、大丈夫?』
「ベルか」
『うん。……うわあ、ひどい怪我……!傷だらけ』
「……まあ、うん。生きてるよ」
『そりゃ生きてるよ!死んでたらもうお喋りもできないんだから!』
ベルは僕のなんでも無いような言葉にも目を潤ませて、
『本当に、生きててよかった……!』
と涙も零した。
「あ、ありがとう……」
『一緒にNくんも居るんでしょ?繋げる?』
「うん」
Nにライブキャスターをつけるように言って、電波をつないでやる。
「こんにちは、ベルちゃん」
『こんにちはー、Nくんは元気?』
「うん、ボクは大丈夫」
『それにしても、ブラック。Nくんにもちゃんとお礼言わなきゃ駄目だよ』
「うん……わかってる」
ベルは本当だよ、と念を押すように言ってから、
『あ、そうだ。こっちはチェレンと一緒なんだ。繋ぐね』
と一旦画面から見えなくなった。
「うん」
画面の分割数が変わって、新しいスペースにチェレンの顔が映った。
『ブラック、……無茶しすぎだ』
「うん、ごめん」
チェレンは小さくため息をついて、
『なんで喧嘩売りに弱いポケモン連れて行くんだよ、』
と僕を半分責めるように言った。
「ごめん」
『……はあ。分かってるんだか。……あ、N。ブラック、昔から言葉とか選ぶの下手と言うかなかなか嘘つきだから、大丈夫って言っててもあんまり信じちゃ駄目だからね』
「チェレン、ひどくないか?」
『実際そうだろ?』
『確かにブラックさりげなく嘘つくよね』
『ベルは騙されすぎなんだよ』
「騙されやすい奴は騙すの楽しいんだよ」
冗談めかして言ったら、チェレンは画面の向こうから軽く僕を責めるような視線を送ってきた。
『またそんな事言って。Nとかにも嘘ばっか言ってるんだろ』
「違うよー」
「ブラック、本当の事も言ってるよ」
「も、って……」
『やっぱり嘘も言ってるんだ』
『ブラック、駄目じゃない』
「……ごめん!」
半分もうふざけた感じで笑いあう。
それからしばらく4人で喋ってから、電源を切った。
「はー、なんか喋ったー」
「うん、喋った、って感じ」
Nは楽しそうに笑って、
「最近は人と喋ってても楽しい。ブラックのお陰だね」
と言った。
「そう?……よかった」
Nの頬を固定された腕でそっと撫でて、
「Nが楽しそうでよかったよ」
と言ったら、Nはやっぱりブラックのお陰だ、とまた言ってくれた。
「……あ、N。もう時間だし、帰らなきゃ。医者に怒られるよ」
「あ、うん。……また、明日ね」
「うん。またな」
Nは、ライブキャスターを指して、
「何か有ったら、連絡してね」
と言ってから、部屋を出ていった。
「じゃあな」
ドアが閉まってから、僕はベッドに体を投げ出した。
「……痛い」
僕は、やっぱり嘘つきで。
大丈夫って言っても大丈夫じゃない、は本当だった。
「……はあ、……淋しい」
Nが居ない夜は久しぶりだ。
久々の一人ぼっちのベッドは、少し冷たくて広かった。


白と白とみどりいろ
痛いし寂しいなあ。


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