朝早くから、ブラックは歩いている。
その理由をちゃんと俺達は知っているし、確かにブラックがその目的を達成出来ることを、俺達はまた願っている。難しいことと分かってはいるけれど、ブラックの夢が叶うものだと信じている。……信じたいと、思っている。
秋の入口、夏の終わり。まだ残る日差しは今日もブラックの身体を焼くだろう。傷付いた痩躯を、焼くだろう。
「あ、そうだ……エンブオー、」
ただ、今日は少し様子が違った。ちらりとライブキャスターを見た後、ブラックは突然立ち止まった。
「ほら、皆も」
ブラックの指は次々とボールを開き、全てのボールから中に入っていた姿が現れる。それらは、僅かに困惑しながらも、それよりずっと大きな感情を持ってブラックの指示を待つ。
「皆で木の実を取ってきてくれるか?で、レシラムは僕と一緒に料理してよう」
ブラックから袋を受け取り、俺は頷く。
『任せろ』
その程度ならブラックにも伝わったのだろう、頷き返されるのを確認してから、俺は他のポケモン達と一緒に歩きだした。

『あっ、珍しい。ヒメリがなってる』
『本当だ』
ギギギアルの声に、シンボラーの念力でいくつかの木の実が木を離れ、袋の中に落ちてくる。そんな姿を見ながら、エルフーンがふわふわと笑んだ。
『ね、エンブオー。ブラック、今日のこと覚えてたんだね』
『……?』
『えー、エンブオーが忘れちゃってるの?……やっぱり男ってそういうの興味無いのかなー。いや、ブラックも男だけど……。ゾロアークは覚えてたよね!』
『はい、勿論』
ゾロアークは、エルフーンと顔を合わせて笑んで見せる。俺の方を見てまだ笑んだままで、
『貴方が一番覚えておくべきでしょうに。私達は違うんですから』
そんなことを言うから、俺は考え……そして、すぐにそれは繋がった。
『……ああ、……分かった』
一年前も、こうして木の実を摘んだ日。……そして、その一年前は。
『ブラックが旅に出て、ポケモントレーナーになった日、だな』
『貴方とブラックが出会った日、なんですから』
ゾロアークは言いながら、熟したものを選んでいくつかの木の実を摘み取っていく。
『今年こそは、ブラックを泣かせたくないな』
『それは、当たり前だ』
笑っていてくれるなら、それが一番。……でも、泣きたくなったなら遠慮せずに泣いて欲しいとも、思う。
『木の実、集まってきたね』
『ああ、そうだな。そろそろ戻るか』
袋を抱えて、ブラックの元に戻る。ブラックは料理が上手いし、嫌いでもないからきっともう何か出来ているかも知れない。
『ブラック』
『ああ、お疲れ様です。ブラックならこちらですよ』
呼ぶ声に、真っ白な翼を風に揺らしながらレシラムが振り返る。きらきらと木漏れ日が翼に跳ね、暖かに揺れていて。ブラックは、その傍らで何かを焼いている。甘い香りがふわふわと辺りを漂っていて、野生のポケモン達も少し様子を伺っているようだ。レシラムが居るから近付けはしないらしいが。
「あ、皆ありがとう。木の実はその辺りでいいよ。あと少し待ってて。生地まだ余ってるの全部焼いちゃうからさ」
……パンケーキのようなものを焼いているらしい。フライパンに残りの生地を全て流し込み、ブラックはその容器をゾロアークに手渡す。
「あっちに川が有ったから、洗ってきてくれ。あと……」
エルフーンにまた別の、小さめのやかんを渡す。
「お茶煎れるから、水、汲んできて」
ゾロアークとエルフーンは頷き、指した方向に歩いて行った。
「エンブオーとシンボラーはテーブル立ててくれるか?ギギギアルはちょっと電気を。夜の為にライトをちょっと充電したいんだ。レシラムは火力調整の続きな」
それぞれ頷き、言われたように持ち場につく。
ブラックは最後の一枚を焼き終えると、出来上がったものをいくつかの皿に分けて重ね、上からシロップをかけていく。木の実の皮をむいて切り、その上に並べて飾ると俺達が組み立てたテーブルに並べた。
それからその皿のうちの一つを持ち、少し離れた場所に置く。
「お裾分け。木の実沢山貰ったしな。ほら、どうぞ」
ブラックが一歩下がると、野生のポケモン達が数匹出て来た。
「食べていいから、ほら。おいで」
おずおずと端を少しかじり、それからはすぐに食べ始めた。
「良かった。口に合ったみたいで」
戻ってきたゾロアークとエルフーンから受け取ったやかんでお茶を沸かしてからカップに注ぎ、それを持ってテーブルにつくと、ブラックは俺達を見回して笑む。
「さ、食べて。……旅始めて二周年、だから。流石に今日くらいは楽しくいたいし。家じゃないから去年みたいにすごいのは作れなかったけど、味付け甘めにしてシロップもたっぷりめだからきっと甘くて美味しいはず」
重なったパンケーキを少し切り取り、フルーツと一緒に取り分けるとそっと手を合わせて、
「いただきます」
と言ってからフォークを持ち、また更に少しを切って口に運ぶ。
「……ん、美味しい。焼き加減もなかなか上手くいってる。ほら、皆も」
促され、各々パンケーキを口に運んでいく。……確かに甘い。でも、ブラックがそこまで甘党ではないのもあってかあまり甘すぎはせず、美味しかった。
「美味しい?」
頷くと、ぱっと表情を明るくして見せ、
「ありがと。どんどん食べていいからな」
と自分もフォークを運ぶ。
ふわふわしたパンケーキが無くなっていくのを楽しそうに、そして少し切なそうに見ながらブラックは久し振りに色々と思い出やそれについての思いを語ってくれた。
「……今年も、Nには会えなかった。でも、皆一緒に居てくれて、嬉しかったよ」
ことん、と空のカップが机で鳴る。
「ごちそうさま。……もう少しゆっくりしてから行こうか」
それから、ブラックはレシラムの傍らの地面に腰を降ろし、その背をそっともたせ掛けた。
「レシラム、ちょっとだけこうしてていいか?」
『ええ、どうぞ』
小さく笑むと、ブラックはそっと目を閉じてしまう。……やがて、微かに寝息を立て始めた。
『……早く、楽にしてやりたいな。Nが見付かればいいが』
『きっと見付かるよ。だって、Nさんもブラック嫌いじゃないんでしょ』
『そうだよ。見付かるはずよ』
俺はそうだな、と頷いて見せてから、ブラックの傍にそっと腰を降ろした。

来年こそは、今度こそは、純粋に幸せに笑っていて欲しいと願いながら、俺もゆっくり目を閉じてみることにした。


きっともうすぐに
来年こそはと今年も願う。


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