Nと家族になってから、数日が過ぎていた。
Nはぎこちなかったけど母さんを「お母さん」、と呼び、母さんはそんなNに優しく接してくれていた。
Nは最近穏やかで、昔を思い出したりしていないみたいで、幸せそうだった。

……でも、Nはやっぱり過去に縛られていたのを知る。

昼過ぎ、ぼんやりとした時間。
僕は母さんが買い物に出てしまったから、テレビのリモコンを適当にいじりながらテレビを見ていた。
……と、突然2階から激しい物音がした。
例えるなら、がたん、みたいな。
「N……!?」
2階に駆け上がって、僕とNの部屋のドアを掴んで勢いで開けると、目の前にNが倒れていた。
「N!どうしたんだよ!?」
「……や、だ……い、やだ……」
Nはうわごとのように呟きながら、何かの痛みに堪えるように目をぎゅっと閉じ、右手で胸元をぐっと掴んでいた。
「N!僕だ、……しっかりしろ!N……!」
「……いたい……い、たいよ、いやだ……」
目の端から涙を零しながら、何かの痛みに堪えるようなNの姿に僕は胸が締め付けられるのを感じた。
……Nを助けたいのに、何も出来ない。
「……ゲー、チス、むり、だよ……」
そうNが呟いたとき、僕は思わずNを抱きしめて、
「僕が助けるから……!N、目を覚ませ……!!」
と呼びかけた。
「……、……う、うっ……」
すると、Nの長い睫毛が震えて、そして僕の姿を捉えた。
「……あ……」
「N……よかった。……でも、かなりうなされてた」
「……う、ん……急に……。……昔は、よく有ったんだ……。一人で居ると、なんでか急に倒れて……昔の記憶が見える。……すごく、嫌な記憶。ゲーチスに傷ついたポケモンばかりに会わされたことはまだ良い方で……、……嫌なこと、沢山されたこと……あとは、責められる幻覚を見るんだ……お前が不完全などうしようもないバケモノだから、ポケモンを救えなかったって、プラズマ団の皆に責められる幻覚」
Nは僕の腕の中で小さく笑って、
「……ボクは、……やっぱりバケモノなのかな……」
と言った。
「違う!!」
Nを力いっぱい抱きしめて、
「違う!!Nは……バケモノなんかじゃない……!!違うから……!」
と、言い聞かせるように。
「Nは、バケモノじゃない……!」
「……でも、これはバケモノであるボクへの罰なのかも、って」
Nは淋しげに瞳を揺らして、
「バケモノのくせに、……幸せになんか……」
と、小さく零したりするから。
「馬鹿!……N、馬鹿だ……!」
ぐっと肩を掴んで、俯くNと無理矢理視線を絡ませる。
「幸せになっちゃいけない!?Nはずっとずっと辛い環境に置かれて……それでも幸せになっちゃ駄目だなんて誰が言うんだよ!?Nはむしろ……幸せに、ならなきゃいけないんだ」
Nの唇を無理矢理塞ぐ。
「……っ!!」
「Nのこと……僕のスキな人のこと、馬鹿にしたり貶たりするの、許せないんだ。僕は例えそれがN自身でも許せないから……今度から、Nが自分のことバケモノとか言ったら……今みたいにそれ以上何も言えなくするよ」
「ブラック……」
「N、辛いこと有るなら隠さないで。嫌なこと有ったら全部僕に教えて。僕はNのことがスキでスキで仕方ないから、Nがそんな顔してたら黙ってられない。理由が分からなかったら、僕は手当たり次第にNが嫌がりそうなもの全部を壊したくなる。世界にNと僕だけでも僕は何も嫌じゃないから。残念だけど、そんなに大人じゃない」
自分でも目茶苦茶なことを言っているのは分かった。
でも、僕はやっぱり大人じゃなくて、Nの辛い顔を見て普通に過ごすなんてできないから。
「N……」
Nに向かってそっと手をのばして、頬をそっと撫でたら、Nは、
「ブラックはボクを認めてくれる……優しい。だからボク、ブラックと居たら不安にならないんだ。……でも、もしまたあの生活に戻る日が来たらって、一人になると不安になるんだ」
と小さく早口で言う。
「嫌だな、って。きっとボクはもうブラックが居ないと生きていけないから。……ブラックに何回も今まで身体大事にしなきゃって言ったのも……ボクが、怖かったから」
そして僕の袖をする、とまくって、
「ブラックが怪我してるの……見たら辛い。痛そうだし……この傷が原因でブラックが……いなくなったら、って」
古い傷でずたずたの手首を見て。
「……ごめん」
逆の手でNの頭を抱き寄せて、僕の肩に押し付けるようにした。
「ごめん。Nは……そんなに悩んでたのに僕は軽率な行動ばっかりだった」
じわり、と肩に濡れた感触が広がった。
「N、泣かせてばっかりでごめん。……僕、Nに何もできてなかったみたいだ」
「ぶらっ、く……」
「N……僕……駄目だ。……駄目だな。僕……何の能も無いよ。……僕、何も出来ない。役立たずだ」
すると、するりとNは僕の腕から抜け出して、涙で濡れた顔を僕に近付けて、……ちゅっ、とキスをしてきた。
「……っ!!?」
「……ボクだって……ブラックのこと、馬鹿にして欲しくないよ。……ブラックは、ボクのスキな人だ。役立たずじゃない。ボクを何度も助けてくれたボクの大切な人だ」
「N、」
「だから……ボクも、ブラックがブラックのこと馬鹿にするなら……」
そこで、Nは一旦言葉を切った。
「……ボクも……ブラックの口、塞ぐから」
きっ、と僕を非難するような目で見るくせに、その頬は赤い。
「ブラックのこと、……スキだから言うんだよ」
「……うん」
Nを改めて抱きしめたら、Nは僕に頬を擦り寄せるようにして、
「ブラックが、……スキ」
と言ってくれた。
「……うん。……僕も、Nがスキだから、嬉しかった。Nは、僕を幸せにしてくれるな」
「ブラックこそ。……嬉しかった」
それにしてもNからキスをされるとは思わなかった。なんだかよく分からないうちにくっついて離れてしまったから、感触もあまり残っていない。
なんかもったいないなあ……
「N」
「何?」
「……もっかい……キス、してよ。塞がれたの、あんまり分からなかった」
「ふ、えっ」
Nは変な声を出して慌てたように顔を真っ赤に染めながら僕を見て、
「……え、えっ」
と口をぱくぱくさせながら何かを言おうとしていたけど言えてなかった。
「……、あ、うん。やっぱり涙止まったね」
「……ブラック……」
Nは少し複雑そうな顔をして、
「……ブラックの涙の止め方……ずるい」
とぼそぼそと言った。
「でも、止まっただろ?」
「そう、だけどさ」
Nは少し考えるようにしてから、
「ブラック、……目、閉じて?」
と言った。
「……キスしてくれるの?」
「……っ、ちょっと、だけ……」
顔を耳まで真っ赤にしながら言うNも可愛かったけど、僕はおとなしく目を閉じた。
少しの間があって、少し冷たい感触が頬に触れた。
Nの手だ、と思った時、唇に柔らかいものが触れた。
「……っ」
一瞬、より少し遅いぐらいでそれは離れてしまったから、僕はそっと目を開けた。
「……キス、したよ」
Nは恥じらうように少し笑って、僕にまた抱き着いてきた。
微かに感じる鼓動が、いつもより早い。
「ありがと、嬉しかった」
「うん……」
Nの熱い頬が僕のそれにくっつけられる。
Nはよく頬はくっつけてくれる。
柔らかいし僕は気持ちいいけど、Nは僕のでいいんだろうか。……そんなに、柔らかくない気がする。
「……ブラック、あったかい」
Nは僕の思いを知ってか知らずか幸せそうに言ってくれて、僕は少し安心した。
「N、柔らかい」
「柔らかい?……そうかなあ」
「うん、柔らかい。スキだよ」
「……ありがとう」
Nはぎゅう、と僕を抱きしめなおして、
「……ブラックのこと、スキだよ。だって、ブラックはボクの大切な大切な、1番の人だから」
と言ってくれた。
「N、ありがとう。……じゃあさ」
「うん」
「今度から、本当に全部教えて」
「うん」
「そしたら、助けてあげるからさ」
「……うん」
Nはゆっくり、そしてそっと僕の服の背中らへんを掴んで、
「……ブラックなら、助けてくれそうだね」
と静かに言った。


全部話して救うから
お互い支え合えればいいな。


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