「N、……もうNは僕のものだ」
ベッドに腰掛けた、泣き腫らした真っ赤な目をしたNを、ぎゅっと抱きしめる。
「ゲーチスにも、プラズマ団にも、誰にも渡さない。僕はNが居ないと嫌だし、Nのために生きるよ。……Nが嫌なことはしないし、Nが僕を嫌うなら潔く離すこともする。……でも、今は……もう、僕のものだ」
唇に唇を押し付けるように塞ぐと、Nは僕の背中を引き寄せるように抱きしめてくれる。
「……ん、」
Nの頬に光る雫を舐めるようにして、目尻にキスを一回して、それから一旦離す。
「Nは僕のもので僕はNのものになる」
「うん……」
「Nが悲しめば僕も悲しむ。Nが喜べば喜んであげる。僕の喜びを分けてあげる。僕の悲しみを分かち合ってほしい」
わざと何かの誓いのようにNに手を差し出したら、Nは手を取ってくれる。
「うん。……ボクはブラックほどいろんなことは出来なくて、ブラックに救われるばっかりかもしれない……だけど、……一緒に、居たい」
「大丈夫。……救われてるよ」
僕は、上着のチャックを引き下ろして、落とし、Tシャツの胸元を引っ張った。
「……っ」
赤く散る、いくつもの、花びら。
「……これは、僕がいままでやってきたことが真実だって証。僕はNが居なくなって、なんでもして、なんでも売ったんだ。ポケモン達にすごく辛い思いさせた。気持ちも、身体も、全部売った。酒を飲んで一瞬の癒しを求めて、煙草も吸おうとした。お金ばかりが入ってきて、本当の気持ちなんて入ってこなかった」
Nの握った手を引っ張って、握り直す。
「でも、Nが来てくれた。僕は、正直に本当に嬉しかった」
ぐいっと今度は逆の手の袖を噛んで引っ張る。
「Nが来るまでの僕は、……おかしかった……」
何度も何度も裂いた傷痕はまだ疼く。
Nは、僕の胸元と手首を見た。
……そして、また涙を零した。
「ブラック……そんな、こと……っ」
「でも……傷痕、古くなってきた。Nと会ってからの時間が癒してくれて、薄くなってきた」
「痛い……痛いよね……?」
ぎゅっ、とNは僕の二の腕を掴んで、
「ブラック……痛かったよね。…痛いよ、ね」
とぼろぼろと涙を零し続ける。
「N……」
こつん、と額をNの額に当てる。
「ありがとう……僕のために泣いてくれて」
「だっ、て……」
「大丈夫。……もうこんなことしない」
「本、当?」
「うん。……嫌、だろ?酒も煙草も嫌なんだから、自傷癖なんて……嫌だろ?Nが嫌ならやめてあげられる」
そう言ったら、Nは、もっと泣いてしまった。
「ど、どうしたんだ?」
「……っ、あ、う、ん……ああ……っ」
「N……っ!?」
「ご、めん……っ……でも、やだ、……ブラック、笑わないで……!笑わないでよ、……泣いてくれて、いいんだよ……」
「……え、ぬ……」
ぽた、と涙が溢れた。
……ああ、僕は泣きたかったんだ。なんて。
ごまかす笑顔は剥がれてしまって、涙はとめどなく溢れる。
「ブラック、っ……自分、大切に……して」
「……う、ん」
何度も言われた気がする言葉が染みた。
涙は止まらない。
Nから抱きしめられて、僕はNに覆い被さるような体制で、泣いた。

「N、……ありがとう、すっきりした」
「うん……そうだね」
「Nに早速救われた。Nのおかげだよ」
Nをぎゅっ、と抱きしめて、また唇を塞ぐ。
Nはそっと目を閉じて、僕に合わせてくれる。
何度か重ねなおして、それからNの唇をそっと舐めたら、あっ、と小さく声が漏れて、薄く唇が開いたから、その隙間から舌を差し込んで、Nの舌を舐めてみたら、Nは顔を真っ赤に染めながら、それでもそっと僕の舌を舐めてくれた。
Nの唾液を啜るようにしながら舌を絡めて、Nの頭を抱くように引き寄せる。
「……ん、ふあ……っ」
Nの口の端を飲み切れなかった唾液が伝う。
こんなキス、したことはなかったけど、Nは顔を真っ赤にしながらも、嫌がるそぶりは見せなかったし、僕は口の端から零れた唾液を舐めとってまたNの舌と絡めるとNがちゃんと返してくれるのが嬉しくて、しばらくNを離せなかった。
「……っ、N……」
「ぶら、く……」
Nはとろりと溶けたような目で僕を見た。
はふ、と口と肩で酸素を必死に取り込む姿を見て、ああ、またやり過ぎたかなあ、と思ったけど、不思議と後悔はしない。
「……N」
ぎゅっと抱きしめあったままで、二人でただ足りない酸素を吸う。
息をする音と、微かな早い鼓動の音だけが耳に届く。
きっとその時、世界にはお互いしかいなかった。
「ね、……N、……スキだよ」
「うん……ブラック、スキ」
「ずっと一緒に居るから。ずっと」
「ずっと……」
Nは、そっと僕の腕をとって、傷まみれの手首を優しく撫でてくれる。
「……ブラックが、もうここまで辛い思いしないように、ボクもブラックを守ってあげる」
「ありがとう……」
Nを一旦離して、二人でベッドに身体を投げ出した。
「Nと、家族、……かあ」
「家、族」
「Nと僕、どっちが兄さんかな」
「……ブラックじゃないかな。ボク、何も分からないから」
「ん……でもNの方が年上だと思うよ」
布団に二人で潜って、笑いあう。
「ブラックのお母さん、優しいね」
「もう、ブラックの、じゃないよ」
「……うん、……お母さん、だね」
「わがまま言ってもいいんだからな」
あはは、と笑ってNの頭を撫でて、
「今、生活費あんまり出さなくていいから前みたいに沢山欲しい物買えるな」
と言ってみたら、Nは存外暗い顔をして、
「ブラック、もう前みたいな稼ぎ方は絶対駄目だよ。ボク、嫌だ」
と言った。
「しないよ。……僕は、Nのものでもあるんだから」
Nは、僕の服を掴んで、
「嫌だよ、本当に。……ブラックの身体、心、全部ブラックの大切なものなんだから……、だから……」
僕の目を真っすぐに見つめてくる。
「ブラックが居てくれるなら何もいらないから……だから、」
「うん。……僕もだよ」
Nの僕の服を握る手をそっと離して、握りこんでゆっくりNの身体を抱き寄せた。
「……おやすみ、N。……今日はもう寝ちゃおうよ。難しいことは明日から考えよう」
「……うん」
Nと抱きしめあって瞳を閉じる。
Nの細い身体がゆっくりと規則正しく寝息を立てるのを感じる頃、僕の意識も闇に吸い込まれていった。


家族になったら
これからは僕が君の知らない家族を教えてあげる。


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