「N、大丈夫?」
「うん……」
カノコタウンに着いたのは、結局夜になってからだった。
もう少し早く行けるかな、とも思ったけど、あまり人が多い時間だとNはびっくりしてしまいそうだったから。
玄関の前で少し躊躇うNの手を握って、笑いかける。
「大丈夫だよ。怒られたりなんかしないから」
「うん」
Nもやっと笑ってくれたところで、玄関のドアを開けた。
「ただいま」
「あー、お帰り。ブラック。久しぶり」
「うん、ただいま」
「あら、その子がN君?」
「そうだよ。……N、母さんだよ」
Nは恥じらうように笑って、
「N、です」
とぺこりと頭を下げた。
「あらあら、頭なんて下げなくても大丈夫よ。ほらほら、上がりなさいな」
「あっ、はい」
Nはまだ緊張しているらしく、ぎこちなく靴を脱いで、渡されたスリッパを履き、僕を見た。
視線だけで大丈夫だから、と言ってからNの手を引っ張ってリビングとダイニングが一緒で、対面キッチンの有る部屋に連れていった。
「昨日連絡してくれたから、頑張っていろいろ作っちゃって。沢山食べて」
「うん、ありがとう、母さん。じゃあ、Nはそこに座って」
Nを僕の隣の椅子に座らせて、僕も座る。
「ありがとう」
「ううん、母さんは料理作るの好きだから。きっと僕が作ったのより美味しいよ」
母さんが料理を並べ終わって、椅子に座ってから、一緒にいただきます、と言って食事を始めた。
母さんは僕とNのポケモン達にもご飯をあげていた。
Nは僕の顔をちらっ、と見てから、出されたおかずに箸をつけた。
「あ、……美味しい」
「うん、美味しいな。久しぶりに母さんの料理食べたからなんか懐かしいや」
「二人ともありがとう。ほら、沢山あるから好きなだけ食べなさい」
「うん、Nも遠慮しなくていいよ。Nはちゃんと食べなきゃ」
母さんは楽しそうにNを見ながら、
「確かに細いわねえ、もう少し食べても大丈夫そうよ」
と言った。
「あ、はいっ」
Nは相変わらず食べるのは遅いけど、なかなか食べているみたいだから母さんの料理は気に入ったらしい。よかった。
「あのね、N君。ここを本当の家だと思ってくれていいからね。……何も遠慮することは無いわ。ブラックもこんなに短期間で人とここまで仲良くなること無いから、きっとN君が相当気に入ってるのよ」
ぼんやり考えていたら、母さんがそんなことを言うから思わず僕は口の中の物を吹きそうになった。主に後半部分。
「ありがとうございます」
「私もN君、いい子だと思う。ブラックだけじゃなくて、あのポケモン達もかなり懐いているもの」
Nの方を見ると、Nは顔を少し赤くして、はにかむように笑っていた。
苦手意識はあんまり無さそうだ。
「ブラックもぼんやりしてないで食べなさい」
「あ、うん」
慌ててご飯を箸で口に運ぶ。
「美味しいよ」
「ああ、そういえばブラック、昨日ベルちゃんと会ったわ」
「何か言ってた?」
「久しぶりに会いたいって。ついでだからN君も連れて遊んでいらっしゃいな」
「そうしようかな……Nは?」
「え?……いいのかな」
「大丈夫だって」
Nは少しまた考えるようにしながら、お茶をこくりと飲んだ。

「……ブラック」
「N、おいで」
「う……うん」
布団の中に、Nを誘い込む。
「狭くない?」
「ん、大丈夫だよ」
Nをぎゅっと抱きしめると、ふわりとシャンプーの同じ匂いがした。
「Nこそ嫌だった?……ベッド、無くて一緒に寝るしかなくて」
「う、ううん。大丈夫」
Nは僕にきゅっと抱き着いてきて、
「大丈夫だよ」
と言った。
真っ暗で見えないけど、きっと笑ってくれてると思う。
「ボク、ブラックのことスキだ」
「……うわ、嬉しい」
なんだか暖かい。
Nは体温がそこまで高い訳じゃないから、これはきっと気持ちが暖かいからだ。
それに、なんだかふわふわする。
「なんか、落ち着く……」
「……ボクもなんか、ブラックと寝るの……嫌いじゃないや。暖かくて気持ちいい」
「な、N」
「何?」
Nの髪の毛をふわふわと撫でながら、尋ねてみる。
「ここに来て、よかった?」
Nは、少しの間を置いて、うん、と言ってくれた。
「ブラックのお母さん、すごく優しいし、いろいろしてくれる。本当にいい人だと思うよ。……まだ街の人と会ってないから、そこだけ少し不安、かな」
「そうだよな……まあ明日、街を歩いてみような」
「うん。なんだか……この街の人は、優しいんじゃないかなって、ブラックとブラックのお母さん見てたら思えたし、行けそう、かも」
「そっか、よかった。皆本当にいい人ばっかだから、Nも大丈夫」
何度目か分からないけど、Nを安心させたくてそう言えば、Nはうん、とまた頷いてくれたらしい。
そして、こつん、と額と額がくっつけられて、
「なんか、疲れちゃった。……もう寝ちゃいそう」
とNの呟くような声がした。
「寝ていいよ。僕も眠いし」
「うん、そうする……おやすみ」
「おやすみ、N」
少しすると、Nは寝息を立て始めた。
そんなNの背中を少し撫でて、
「お疲れ様。いい夢、見てね」
と言ってから、僕も目を閉じた。


帰る場所になればいい
ここから世界を見に行こう。


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