甘いものが、実は嫌いだ。何と言うか……すぐに飽きる。それに尽きる。菓子ならスナック。高級な一粒数千するようなショコラティエがこだわり抜いたチョコより、コンビニのポテチの方が、いい。 そんな僕にチョコレートが作れるか?……答えは、やはり否。と言うか、匂い自体が苦行みたいな物だと言うのが正しいか。 迷って迷って迷い抜いて、結局僕が取った最善策は、……まあ、それらしい物での代用だった。 まずは買い物に行って材料を買おうとスーパーにやってきて、早速僕は小さく呟いた。 「無塩バター高……」 でもまあ仕方ない。菓子なんて物はお高い物なのだ。 男が菓子の材料ばかり買うのは恥ずかしいと、適当に近くのチーズをカゴに放り込み、ついでに牛乳と一緒に缶コーヒーを放り込んだ。 まあ、そんな調子で適当な買い物をしたのだから、当たり前の結末は目に見える。かなり長いレシートをごみ箱に投げ捨て、買い物袋を下手な主婦並に大量にぶら下げ、結局何をしに来たやら分からないような状態に。何とか僕はやっとの思いで無事に家に帰ることが出来た。主婦、凄すぎだろ。あれはもう、人間を卒業しているレベルだ。 ……でもまあ、あれだな。慣れないことをするのが悪かったんだよな。既に疲れが半端無い。……ああ、もう止めたい。 それでも、やっぱりここで止める訳にも行かず、冷蔵庫に買ってきた物を突っ込み、とりあえず調理開始することにした。大丈夫。料理なら沢山してきた。完成品が甘いか否かの違いであって……そう、出来る。……はずなのだけど。 前以てパソコンでコピーしておいたレシピを近くに貼り付けて、とりあえずバターを取り出した。 「……出来た。うん。出来てる。多分」 オーブンから取り出したそれは、確かにあれだ。……クッキーだ。 ……味見してないけど。 Nは今ちょうど出掛けているから、今のうちに完成させるべきで。でもそれはイコール、味見をいつもしてくれる人間が居ないと言うことだ。しかも、人にあげる物を本人に味見させる訳にはどっちにしろならない訳で。 ただ、甘いもの嫌いな僕は正直『美味しい甘さ』ってやつが分からない。 ……万事休すってやつだ……。 「あああああ!もう、どうしたらいいんだよ!!」 何と言う事だろう、予想外の所でつまずいた。……と言うか何だよこれ。本当に、何なんだよ。完成間近、むしろ完成してるのに。でも初めて作った物を味見せず渡すとか勇者、いやそれ以上の、いやそれ以下だ。ただの無謀だろ。 一人で台所で苦しんでいると、不意に扉の開く音がした。 「ブラック、大きな声出して一人で何してるのよ」 「母さん!」 ああ、今何か後光みたいなの見えた。半分本気で女神みたいに見えたよ。神様ありがとう。母さんは女じゃないか。甘いもの大丈夫むしろオッケーだろ。 「何だか甘い匂いするけど」 「クッキーなんだけどさ。その……味見してくれないか」 「ああ、そういうこと。本当甘いもの食べられないんだから」 言いながらも母さんはクッキーを一枚取り、食べてくれた。……ああ、ドキドキする。 「ど、どうだ?」 「ええ、手作りとしての合格ラインは越えてるし、人にあげて恥ずかしい物じゃないわ。大丈夫」 「良かった、ありがとな」 「いいえ。渡すのはやっぱり?」 「……ああ、そうだよ」 母さんは頑張ってね、と笑って歩いていった。かなり安心した……これで一応胸張ってNに渡せる。何と言っても僕の料理の師は母さんな訳で。母さんが大丈夫って言うなら僕でも大丈夫なはずだ。 その中から綺麗な物を選んでラッピングして、残りは母さんとポケモン達におすそ分けしておいた。Nには内緒と言っておくのも忘れない。 あとは、Nの帰宅を待つばかり。 「ただいま」 「お帰り、N」 Nが帰ってくる頃には、もう日が傾き始めて辺りはオレンジ色に染まっていた。 「ブラック、あの……」 「何?」 「……っ、いや、何でもない。……後で言うよ」 Nは誤魔化すように小さく笑んで、部屋に戻っていった。……残念ながら僕だって一端の男の子って奴な訳で。そんなNの行動に対し、ちょっとばかし……いや、結構期待してしまうのは仕方ないと許して欲しい。 一旦台所に寄ってラッピングしたクッキーを隠し持って、僕はNを追って部屋に向かった。 駄目だ、どんな顔していいんだろうか。変ににやにやしてたらただの気持ち悪い奴だ。……冷静に、冷静に。 「N」 「あ、ブラック、えっと……」 「これ。あげる」 「えっ、あっ……!」 何だか随分とやけに素っ気ない渡し方になってしまった気がする。……でも。 「あ、ありがとう……!嬉しいよ!!ありがとう、ブラック!」 Nは、隣に座った僕を抱きしめて喜んでくれた。……うん、作って良かった。何だかもう、結構満足した。幸せだ。……駄目だ。幸せ過ぎてリアクションの仕方が分からなくなってきた。 内心訳の分からない状態になりながら、Nを抱きしめると、Nが腕の中、僕に何かを差し出した。 「これ……ブラック、甘いのスキじゃないから、迷ったんだけど……それに、手作りじゃないんだけど、あげる!」 「あ、ありがと……嬉しい……」 受け取る。……箱だ。 「何も、食べ物じゃなくても、良いかなって……思って……」 「開けていいか?」 「うん」 なるべく丁寧に、包装紙も破らないように広げ、箱を開ける。……駄目だ。本当に涙出てきた。 「ブラック!?」 「……嬉しい。ありがとう」 今までも、チョコとか貰ったこと無い訳じゃないし、沢山贈り物だって貰ってきたのに。こんなに特別で幸せな気分になってしまうなんて。 今日という日と、これをくれたのがNだったということが一体になって始めて、こんな感情が胸を支配するのだろう。こんなに幸せになって、もう死んでしまえそうな程で。 僕は、箱から取り出したそれ、シルバーのネックレスを首に掛けた。 「どう、かな」 「似合うよ。……良かった。キミに似合うようにって、選んで来たから、良かった……!」 ああ、Nまで泣き出しちゃって。男二人、抱き合って笑い泣きして。端から見たらなんて酷いバレンタインだろうか。 でも、僕は胸を張って今が今までで一番幸せだって言えるし、Nもそうだったら嬉しいと思う。 「ほら、クッキー。食べてみて」 「うん、いただきます」 袋から出した一枚をさくさくと食べながら、またNは泣いていた。 「凄く美味しいよ……!本当に、ありがとう」 本当に、幸せだ。なんて幸せな日だろうか。今日位はいつも居ないだのなんだの罵ってばかりの神様って奴に感謝してやっても良いかもしれない。 ……単純な考えかも知れないけどさ。 「……本当にありがとな」 油断して重ねた唇は、存外甘い味がして。 正直、味見しなくて良かったなんて思ってしまった。 辛党少年の苦悩と幸福 油断した。唇重ねた口の中、甘い。 back |