「Nに会うまで、僕はずっとここで歌ってたんだ」 カノコタウンの外の高台、トウヤは膝を抱えていた。 「Nに何かの間違いで届いて、Nが僕に気付いてくれないかな、とか期待してさ」 「確かに、あの時もキミはここで歌ってたね」 記憶の中、再会の日に思いを馳せる。一人彷徨っていたボクの耳を揺らしたあの歌。あの歌に導かれ、ボクは木々の下一人立ち、歌う後ろ姿を見付けることが出来た。 木々を通り柔らかに射す日の光の中、響く歌声がボクを呼び寄せたのだ。 「Nが居なくなって、初めてどうして旅してたのかって理由に気付いた。……ただ、Nを追い掛けてただけだったんだよな、僕は」 トウヤの声に今が戻ってきて、不意に合った瞳に何故だかどきりとした。笑みの中、本心がぼやけ見えないような。 「Nに夢が有るって言った手前、今更僕には何も有りませんって言えなくて。Nに夢を叶えろって言われたからには、何かをしなくちゃいけないって。……考えてたんだ」 伽羅色の髪の毛が風に揺れた。視線が空を通り、それから俯いた。 「ある種の義務感みたいな物に憑かれたみたいに、悩んでさ」 「ごめん」 咄嗟に、口から謝罪が落ちる。するとトウヤは顔を上げ、不思議そうに首を傾げた。 「どうして謝るんだよ」 「だって、ボクがキミにあんなことを言ってしまったから……」 「違うよ。……いや、違わないか。でも、Nは悪くない」 トウヤは一度立ち上がり、ボクの後ろの方に歩いていった。少し離れた場所で何かをしているらしかった。 「Nのあの言葉が無かったら、きっと今頃僕は引きこもりだ。良くても目標も目的も無くだらだらその辺うろうろしてただけだろうし。Nのあの言葉が、僕が理由と夢を一緒にして外に出るきっかけをくれた。だから……むしろ、感謝してる。ありがとな」 「……いや。こっちこそ、ありがとうって言わなきゃならないよ」 「本当良いのに。……まあ、お互い様ってこと、かな。……有った!」 後ろで何か激しく木が揺れ、葉同士が掻き回されるような音がし、思わず振り返るとトウヤはボクに何かを差し出してくるところで。 「はい。やるよ。オレンしか無かった。もう少し何か有ると思ってたんだけどな」 「いや、嬉しいよ。ありがとう」 受け取った木の実を食べ始めると、隣に座って歌い始めた。 もう声変わりを過ぎ、大人びた声が辺りに響き始め、すると草影や木の上からポケモン達が数匹現れた。 「あ、来たな。……Nだ。僕の一番大切な奴なんだ」 トウヤは一旦歌うのを止め、辺りのポケモン達に木の実を与えていく。 「この子達は?」 「ああ、今博士達『新しいポケモンと人間の関係』って題材で研究してるらしいんだけど、そのテーマに沿ってモンスターボールを使わず友好関係を築けるか、ってやつを僕が調べてたんだよ。まあ別段何も考えずNにまた会えたら相談すりゃいいやって引き受けたんだけどさ、ってうわ、分かったから髪引っ張んな!」 後ろから飛び掛かるようにじゃれついたヨーテリーを抱えて撫でてやりながらトウヤは続ける。 「……と、まあ毎日毎日ここで歌ってたら寄って来るようになってさ。Nに会う前になんとかなったんだ。こいつら野生ではあるけど、ちゃんと懐いてるし」 「へえ……きっとトウヤの優しさが分かったんだろうね。……ね?」 近くに居たマメパトに手を伸ばすと、大人しくじっとしていてくれた。よく人間に慣れている。 「トウヤがスキかい?」 『歌上手いし大好き、トウヤのポケモンにならなっていいなあ』 「そう、良かったね、そんな相手に出会えて」 マメパトの頭を撫でてやってから、トウヤに向き直る。辺りのポケモン皆が、トウヤを好いているのがはっきりと分かった。 「こんなに彼らの心を掴むなんて、キミは本当に歌も上手いんだね」 「Nのおかげだよ」 「え?」 トウヤは笑み、それからまた歌い始めた。辺りのポケモン達が大人しくなり、静かにトウヤの声だけが響く。 再会した時と同じ曲が、辺りに響いていた。ただ……そう、どこか違う響きで。 「この歌はNの為の歌……Nが帰ってきますようにってずっと歌ってた歌だ。だから、Nを想えば想うほど良く響くし、Nが傍に来てくれたってだけで、とても良くなったように思う。Nが居なかったら僕はこんなに歌えなかった。Nが居たから、僕は歌えるんだ」 トウヤの手が、ボクを抱き寄せた。 「ありがとな、N。僕のこの歌が良いって言ってくれるなら、それはきっと僕の思いが伝わったからじゃないかって思う。……この歌を歌った時間よりずっと長く、Nを大切にしていくから……」 トウヤの腕の中、 『トウヤとNとはらぶらぶ?』 と明るい声が茶化すのを聞きながら、ボクは歌を響かせた唇に唇を奪われて。 「沢山歌って、沢山傍に居るから」 また響き始めた歌の中、ボクは明るい声の主に微笑んで見せた。 「これから、よろしくね」 Ein Lied fur Sie. (貴方のための歌) 貴方が好きになればなるほどきっと美しく響く。 ――――― 企画『君と僕の未来予想図』様提出用です。 お題はタイトルの『Ein Lied fur Sie.(貴方のための歌)』でした。 素敵な企画に参加させて頂きありがとうございました! そして読んで下さった方も、本当にありがとうございます!! back |