鼻歌でも歌い出しそうなぐらいにご機嫌に、ブラックが台所で何かをやっていた。
『ブラック』
聴こえていない声。つ、と引っ張った服と鳴き声に、ブラックは振り向き笑った。
「エンブオー、おはよ」
『おはよう』
鳴き声にしか聴こえていないであろう声を聞いて、ブラックは頷き俺の頭を撫でた。
「今日、お前と僕が出会った日なんだ。一年目」
『ああ!そうだったな』
「エンブオー、だから僕、今からケーキ焼くつもりなんだ。それで、皆で、木の実好きなの摘んで来て欲しいんだ。……いいか?」
『勿論』
頷いて見せる。
「よし、……あ、でも好きなのだからって辛いのとか渋いのとかばっかりは無し。ケーキに乗せるんだから、甘いやつ」
『分かってる』
「食べたいなら摘んで来てもいいけど、甘いのも忘れるなよ」
『ああ』
また頷くと、ブラックは頷き、俺に籠を渡した。
「夕方迄には帰ってきて」
『ああ、分かった』
籠を持ち、他のポケモン達と一緒に、俺達は家を出た。


『ブラックに何かあげたいなあ……トレーナーになって、一周年なんだよね?』
ボクなんかはまだまだ一周年じゃないけど。仲間の中ではなかなか新参のギギギアルがふっと零す。
口に出していなかった周りの奴らも、皆想いは一緒だ。ブラックへの感謝や、愛情。期間の長短はあれ、皆それは変わらない。
『でも、何をあげたら喜ぶんですかね』
ゆらゆらと翼を揺らしながら、シンボラーが呟く。
『……「お前達が居てくれるだけで、僕は充分幸せ。……これ以上望んだら、罰が当たる」……とか言ってた』
寂しげな声はエルフーン。籠に熟した木の実を入れて悲しそうな顔を俺に向けた。
『エンブオー。ブラックは、何が好きなのかな?』
『……そうだな』
呟きながら、考えを巡らせる。
『やっぱり、Nさん?』
開いた口は、俺ではなくゾロアークだった。長い鬣をゆるりと振り、空を見上げた。
『ブラック、最近何だか寂しそうに外を見てばかり』
『……でも、すぐには会わせてあげられないね』
ギギギアルはちょっと残念そうだ。だけど、仕方の無いこと。行方の分からない人間を捜すのは、至難の業。すぐにどうこうなるものじゃ、ない。
『じゃあ、何か……他に……』
『……そうだ。皆、聞いてくれ』
『何?』
『皆で、……』
俺の考えを話すと、全員がゆっくりと頷いた。

『エンブオー、これでいいかな?』
『……うん、大丈夫だろう』
摘んだ木の実は籠いっぱいになった。
『喜んでくれるかな……』
『きっと大丈夫だ』
皆を連れて家に戻る。ブラックは、台所で何かをまだやっていた。
『ブラック』
呼ぶ声に、ブラックは振り返る。
「うん、おかえり。あ、そんなに沢山採って来たのか。ありがと。今日どころかしばらく大丈夫だな」
『ブラック』
また服の裾を引くと、ブラックは首を傾げた。
「どうしたんだ?」
『ブラックに、言いたいことが、』
「うーん……何が言いたいか、分からないんだよな……、……僕には」
ふっ、とブラックの表情に暗い影が落ちた。やばい、と思った時にはもう遅い。
「僕が……Nなら、な……、分かって、やれたかな……」
寂しげな顔で、俺の頭を撫でる。周りのポケモン達皆が小さく落胆の表情を浮かべた。……今日ぐらいは、ブラックにこんな顔させたくなかったのに。……いや、今からでも。
『ブラック!』
俺は、ブラックを抱きしめた。そりゃ、格闘タイプである俺に本気で思い切り抱きしめられれば、人間であるブラックは絞め殺されてしまう。だから、出来るだけ優しく。
『……そんな顔、するな……』
「……エンブオー、どうしたんだ?」
ブラックの腕が、俺を抱く。
「そういえば久しぶり、だな……こうやってエンブオーを抱きしめるのは。ポカブの頃なんて、一緒に寝たりもしてたのに」
『ブラック』
「懐かしい……暖かい」
『……ああ』
ブラックの瞼が、ゆっくりと落ちる。
「何、言ってるかは……分からない……でも……暖かい」
『……ブラック……』
小さく心の中で呟くのは、伝わることの無い言葉。彼はもう、俺だけの物じゃ無いし、そうなる日は、きっと来ない。
気付くと、ブラックにエルフーンやゾロアークが触れていて、シンボラーとギギギアルはすぐ傍まで来ていた。
「な、皆……慰めようとしてくれたんだろ?僕のこと」
皆、頷く。それを見て、嬉しそうな顔で彼は言う。
「ありがとう……僕、幸せ者過ぎるな」
こんなんじゃ罰が当たる……そう言いながらも、笑顔のまま。
「皆、これからもよろしく。……皆、好きだよ」
当初考えていたのとは違うけれど、ブラックは笑ってくれた。
それだけで、もう、いい気がした。
「……皆が居てくれれば……幸せなんだからな」
……でも、どこか自分に言い聞かせるような口ぶりが、寂しい。
『ブラック』
「……ああ、そうだ。木の実、採って来てくれたんだよな。ほら、ケーキすぐ出来るから、皆で食べよう」
身体が、すっと離れた。
「じゃあ僕が皮剥いて切るから、皆並べて。で、スポンジ二段にしたから、そっちのに乗せたらクリームもかけて……」
説明しながら、ブラックは手際よく木の実の下処理を始める。
「あ、そうだエンブオー、エンブオーはシンボラーとギギギアルと一緒に男皆で外のテーブル準備しててくれるか?カノコのちょっと外れのところ。あそこに。……女の子はケーキな。あっあとレシラム呼んでやってて。はい」
レシラムを呼ぶのに使っている笛が渡された。
「吹けるか?」
頷いて見せる。
「よし!じゃあ頼んだ」
ブラックに背を叩かれ、俺はまた、今度は3人で家を出た。


「お待たせ!ほら、出来た」
ブラックが抱えてきたケーキは、本当に抱えてきた、という形容がぴったりで、なかなかの大きさだった。まあ、この人数なら当然なのか。……そう思ったら、なんとゾロアークがもう一つケーキを机に乗せた。
『ブラック、凄いな……』
「ん?どうしたエンブオー。美味そうだろ?」
『ああ、』
ブラックだって、少なからず楽しんではいるみたいだ。それも、本気で。こんな状況を見ていると、素直にそう思う。
「こっちが生クリームこっちがチョコクリーム。好きなの食べていいからさ」
ブラックはケーキをあらかじめ切り分け、ふっと微笑んだ。
「あっ、と……、レシラム、久しぶり。元気だった?」
『はい、勿論』
「元気そうだな。レシラムも食べて食べて。沢山作ったから」
そう言いながら皿を配り、自分も一切れケーキを皿に取り、フォークを刺し、食べる。
「……ん、美味しい!甘いな、これ。よく熟してる。選び方が上手いんだな」
その言葉に木の実を選んでいたエルフーンが嬉しそうな顔をした。
「皆、ありがと。皆が居なかったら、こんなに幸せじゃなかった」
ブラックは幸せそうに笑う。けれど……言葉のニュアンスに微かに感じる寂しさが、拭い去れなくて。
来年こそは、もっと幸せな気持ちと一緒にこの日を迎えたい……そう、願わずには居られなかった。


寂しさ抱えたまま
本当は俺が癒せたら、なんて。おこがましくて言えないけれど。


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