金次の過去
2013.06.20.Thursday
* * * * * * *
俺にはかつて、双子の兄がいた。
一卵性で、顔も体格も力も全く同じだったのだが、唯一性格だけが異なっていた。
当時の俺は辛いとすぐに涙する、いわゆる泣き虫ってやつで、反対に兄貴は辛かったり悲しかったりしようが、ちょっとやそっとじゃ泣かない、よく笑う子供だった。
だからよく泣いてる俺を「泣くな。辛くても笑っていればいつか、幸せになれるんだ」と言って、いつも明るい笑顔で励ましてくれていた。
今になって思えばそれは自己防衛の一種、この歪んだ家庭環境に折れそうになる、自身の心にも言い聞かせていたのだろうが、その時の俺はその兄貴の言葉がとても頼りに思えて、そして強く心に響き励まされていた。
そうして俺達が十二歳になる頃、ある時親父が自宅にある道場に呼びつけた。
説明もないまま俺達に真剣を持たせ、対峙する様に向かい合わせる。
そして何の躊躇いもなく、淡々とした声で告げた。
―今から死合いを始めろ。
どちらか勝った方が、坂田家を継いでもらう当主となる。
…顔も力量も同じ子供など、二人も要らんからな。
その冷酷な言葉に、気の強い兄貴は当然親父に反発した。
何故殺し合わねばならないのか、それなら自分が当主の座を降りて金次に譲る、と。
しかし子供より家柄や血筋を第一と考える、糞親父の事である。
―そんな脆弱な意思で、坂田家の家督を継げるか。
たとえ肉親、兄弟であろうと、それを切り捨てるくらいの気概がなければ当主は勤まらん。
それでもお前達が戦うのを拒むと言うのならば、儂が直々にお前達を斬り捨ててやる。
言いながら、親父は脇に置いてあった刀に手をかけたものだから、いよいよ以て命の危険を感じた俺達は、仕方なく戦う事となってしまった。
しかし、いざ殺し合えと言われた所でそう簡単に、血を分け合い時間を共にした兄弟を殺せる訳がない。
俺達は互いに恐怖と強い戸惑いで、勝負は中々決着が付かなかった。
そうして一進一退の闘いを繰り広げる中、兄貴の顔が次第に険しく鋭いものになっていっていくのが分かった。
そして鍔迫り合いから一旦離れ、間合いを取った時に兄貴は忌々しげに歯軋りした直後、言い放った。
「…おい、金次。もしお前が勝った所で、どうせ後悔してめそめそ泣くんだろ?そんな泣き虫に当主が勤まるかよ!」
「なっ…!?」
「だったらお前が死んで、俺を勝たせろ!この意気地無しが!!」
「…!っ、うぁあぁぁッ!!」
兄貴の言葉で、内に眠っていた感情が一気に昂った。
裏切りにも似たその発言に、俺は悲しみよりも怒りを覚えた。
兄の本音は、今まで一緒に生きてきた俺を殺してでも、当主の座が欲しくなったのか、と。
怒りで頭に血が昇った俺は、今度は何の躊躇もなく刀を振りかぶった。
そしてそのまま降り下ろした瞬間、見てしまった。
兄貴の刀の太刀筋が一瞬、動きを止めたのを。
それに気付いた時、その僅か一瞬で全てを悟った。
―兄貴はわざと俺に、斬られるつもりだったのだ。
だからあんな挑発じみた言葉を吐き、戸惑う俺の心を焚き付けたのだ、と。
しかし、気付いた時には遅かった。
降り下ろされた刃は兄貴の身体を裂き、内臓を断ち骨を砕いた。
その際、太刀筋が逸れた兄貴の刀の切っ先が、俺の左瞼の上を掠めたのだが、痛みは殆ど無かった。
そうして俺は、しんと静まり返った道場の中で、ただ茫然とした気持ちで血の海に沈む、袈裟から腹部を斬り裂かれた兄貴の姿を見下ろしていた。
…それからどうやって部屋に戻ったのかは、あまり覚えていない。
ただ、道場を後にする際親父が「よくやった」と言った事だけは何となく覚えている。
その後はもう、気付けば俺の左目の上には包帯が巻かれ、暗い部屋で身を縮こませ布団の中に潜っていた。
―兄貴は死んだ。俺が殺した。俺は、自らの手で“独り”になったのだ。
茫然とする心の中で、その思いだけが漠然と浮かんでいた。
そして思い出す、最期に見た兄貴の顔。
俺に斬られる直前、兄貴は微かに笑っていた。
何でそんな表情が出来たのか当時の俺は分からなかったが、今思えば兄貴としてはきっと、俺が生き残ってくれることが幸せに思ったのだろう。
それがたとえ、自身の命を散らす事になろうとも。
しかしこの時の俺はただ悲しくて悲しくて、怒りに任せて斬りかかってしまった事をひたすら悔いていた。
あの時少しでも思い止まっていれば、怒りを覚えたりしなければ、状況は変わっていただろうか。
後悔と悲しみに苛まれる中、そんな時にふと浮かぶ兄の言葉。
―辛くても笑っていれば、幸せになれる。
その言葉を思い出し、俺は無理矢理笑顔を作る。
けど、全然幸せな気持ちになんかなれなかった。
「……ふ、ぅっ、う…!」
目からは涙がぼろぼろと零れ、嗚咽はしゃくりあげる口から洩れ出る。
奥歯をきつく噛み締めて、その声を押し殺しながら、俺は独りになった部屋でその夜、涙が枯れるくらいに泣いた。
そしてその日から、俺は兄貴の分まで生きようと誓った。
更に兄の意思を継ぐように、俺は何があっても泣くのを止めて、笑うようになった。
“辛くても笑っていれば、いつか幸せになれる”
その言葉を確りと胸に刻んで。
―それから月日は流れ、俺は高校へと進学する年齢になった。
中学時代から実家を離れ、陰陽師育成に力を入れている学校に通っていた為、高校も陰陽科がある学校と考えていた。
そんな入学を控える三月の休み、俺はある日親父から、話があると喚ばれた。
久々の実家に戻ってみれば、親父の隣には見知らぬ少年。
親父はその少年の頭を撫で、俺に話す。
―金次、こやつはお前の異母兄弟だ。
この子は幼い故にまだ力は無いが、無能なお前と違って術を扱う素質が十分にある。
そして当主を治める器もな。
しかし当主は二人も要らん…後は、儂が言いたい事は大体分かるな。
家系と家柄しか頭に無い親父の事だ、後に続く言葉は言わずともはっきり分かった。
この能力がある少年を後継ぎにするのだ、無能な俺はもう必要のない存在なのだという、事実が。
…じゃあ、俺はこれからどうすればいい?誰が必要としてくれる?
定めを失い、漠然とする心にそんな戸惑いと不安が生まれる中、それでも俺は無理に笑って言う。
「それは大変喜ばしい事です。俺の様な術すら使えない者が、坂田家を継ぐには些か荷が重かったと考えていましたから」
―こう話した時の俺は、ちゃんと笑えていただろうか。
荷物を抱え、実家を後にする。
門を出た際、幼馴染みの卜部 武が家を囲む塀に寄り掛かっていたのに気付いた。
「…なんだ、待っててくれたのか?」
「阿呆か。偶々此処で休んどっただけや」
「ははっ、そうかそうか」
幼馴染みの素直じゃない言い訳に、俺は思わず笑みが溢れた。
そうして二人並んで歩き出す。
まだ少し肌寒さが残る三月、武は花曇りの空を仰ぎながら話す。
「…で?親父さん、何て言うとった?」
「あー…それがやっぱり俺、当主を継ぐ素質が無いみたいだ!」
「何でそんな明るく言うとんねん、阿呆か」
「うーん、そう言われても…もうこれが癖だからなぁ」
そう言いながら苦笑する俺を、武は訝しげに一瞥するだけだった。
「…だったらこれから行く学校で、バリバリ鍛えて一丁前の陰陽師になって、親父さん見返したれや」
「……ああ、そうだな!立派な陰陽師になれば、親父も驚くだろうなぁ」
―ごめん武。俺、本当は陰陽師になんかなりたくないんだ。
もう誰かを殺したり、あんな悲しい想いをするのは散々なんだ。
しかし励ましてくれる武の手前、その言葉は呑み込んだ。
そして駅に着き、入学する学園がある街まで行く、列車を待った。
無人駅で、俺達はベンチに座ってぼんやりとポスターやら貼り紙やら掲げた壁を眺めていると、武が不意にぽつりと呟く。
「…弱音吐くんなら、今の内やで」
「はは、そんな事言わないさ。正直、肩の荷が下りたとも思ってるよ」
「…やっぱお前、昔と変わったな」
「……ん、そうか?」
そうして俺はまた、いつもの通り笑ってみせた。
*END*
表では笑って裏では泣いて
* * * * * * *
…こうして金次の今の人格が形成されましたとさ←
そして親父さんに「お前もうウチに要らねぇから(^ω^)」とか遠回しに言われたもんで、自分は必要ない人間なんだなーという考えを引き摺ってたり。
でも「術が使えるようになって立派な陰陽師になれば、また父は必要としてくれるかも」という淡い希望を捨てきれずに、今の陰陽科に通っている現状です。
しかしもう三年生だ、諦めろ金次ィィ!←
ちなみに由緒ある陰陽師の家系では、家督争いを防ぐために子供を間引いたり、継がない方の子に、陰陽師の能力を断絶させる術を施すのが昔から認められているっていうマイ設定。
金次の親父さんもその考え方に捉われている感じです。
だから術が使えない金次も兄もぶっちゃけどっちも要らな…ゴニョゴニョ
あと金次達のお母さんは、二人を産んだ際もう次が産めない身体になってしまったので、親父さんが半ば強制的に離縁しました、というgdgdな家庭環境という裏設定付き…/(^o^)\
まああれですね、まとめると
結論:だいたい親父のせい。
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