陰陽科男子と鬼
2013.06.20.Thursday
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そいつに会ったのは極々平凡な、何の変鉄もない秋の日だった。
俺は普段通り放課後に、妖人共に不穏な動きや気配がないかを見回って歩いていた。
時折はめを外したそいつらが、関係ない他人を巻き込んで喧嘩等をしている事がある。
それを食い止めることが出来るのが、対抗できる力のある陰陽科である。
妖怪嫌いな俺は、それを最大限に生かさんとばかりに、この見回りを毎日の日課としていた。
「…今日は何もあらへんな」
学園内にある森の中を歩きながら、一人呟く。
大概は妖人科の、赤髪の鬼の奴等が何かしら問題を引き起こしていた。
しかし今日はその気配がなく、俺は最後に見回る森をのんびりと歩んでいた。
紅葉に染まる森の中は、落ち葉の匂いに包まれていた。
秋晴れに恵まれ、気温も中々程よい具合である。
午後の穏やかな陽射しが、葉の隙間から射し込むその黄金色の景色は、何処か幻想的な雰囲気に充ちていた。
「ふぁ…ねみぃ…」
その穏やかな陽光の中を歩いていると、ついつい眠気に襲われる。
今日はこの辺にしておいてぼちぼち帰るかな、と考えながら緩々と歩いていた時だった。
完全に気を弛めていた俺は、そいつの気配に全然気がついてなかった。
―不意に視界に入った、微かに吹いた風に靡く、長く白い髪。
それが目に飛び込んだ途端、俺の眠気は一気に吹き飛んだ。
微睡みから覚醒した目でそちらをよく見遣れば、紅葉の木の陰に誰かがいるのが見えた。
そしてそいつの横顔を見た瞬間、俺の頭は真っ白になった。
上方の紅葉を見上げる顔は何処か憂いを帯びて、見つめる橙色の眼差しは儚げに思えた。
赤い紅葉が頭を隠しているが、彼女の白く長い髪との対比でよく映えている。
その姿が、ただ純粋に綺麗だと思った。
幻想的な一枚の絵を眺めている様で、俺は一瞬時間の経過というものを忘れていた。
が、彼女が俺に気付き見た途端、我に返った。
彼女が顔をこちらに向けた際、赤い葉の影から確かに垣間見えたもの―頭から生えた、赤い角。
それを見た瞬間に俺は、そいつが瞬時に鬼だと理解した。
「おっ…お前、鬼か!」
俺は警戒心を持ちつつ、そいつに呼び掛けた。
するとその鬼は、不思議そうな表情を浮かべながら木の陰から出てきた。
「貴方は…陰陽科の方に御座いますか?」
「…ああ。陰陽科三年、卜部 武や。お前、其処で何しておった」
「あたしはただ、紅葉を愛でていただけに御座います…」
言いながら、その鬼は落ち葉を踏み一歩近付く。
その動きとほぼ同時に、俺は懐の短刀を抜き払った。
「それ以上近付くな!同じ学校の生徒やろうが、俺は容赦せぇへんで」
「…まあ、物騒なものをお持ちで。嗚呼、恐ろしい」
口ではそう言うものの、話し方は明らかに気持ちが込もっていない。
眼差しに至っては、微かに笑いの気色すら混じっている。
(ば、馬鹿にしよってこの鬼女(オニオンナ)…!)
そう内心では憤るものの、それをぐっと堪える。
鬼、中でも女の場合は、その美貌と色香で人を惑わして魅了し、人を喰らうというのが常である。
この鬼女も、迂闊に近付けば本性を表すに違いない、と自身に強く言い聞かせた。
俺はそいつを見据えながら、短刀を向けたまま話を続けた。
「…おい、鬼女」
そう呼び掛けたところ、そいつは一瞬きょとんとした表情を見せた後、途端に悲しげなものへと変えた。
「鬼女とは、随分な呼び方を…あたしにも“安達 瞬輝”という名が御座いますのに」
「やかましいっ!お前なんぞ鬼女で十分や!!」
「まあ、酷い…」
するとその瞬輝とかいう奴は、益々悲しげな顔で俯きがちに視線を背けた。
鬼とはいえ、そんな反応をされてしまっては、こちらも罪悪感を抱かざるを得ない。
そうして俺は結局(何故か今回ばかりは)そいつにフォローをしていた。
「なっ…何やその、確かに名前あんのに鬼女呼びは、さすがにちょーっと俺も大人げなかったっちゅーか、何ちゅーか…」
「………」
「あー…その、何や…ま、瞬輝…やったっけ?まあ時々は鬼女呼ぶかもしらんけど、今後は気をつけ…」
「…ふふっ」
「…は?」
今までの表情とは一転、瞬輝は堪えきれずに笑いを洩らした。
それに呆気にとられる俺を見て、そいつは更にくすくすと笑った。否、嗤った。
「貴方もまだまだ未熟者の様で御座います事…」
「は…み、未熟者、って…」
「女性の演技というものくらい、見破りなさいませ」
「!こっ、この鬼女っ…!」
成る程、今までのは全て芝居か。
そう理解した瞬間、俺の我慢はとうとう限界を越えた。
完全になめきっているこの鬼女に一撃を見舞ってやるべく、俺は片手に短刀、もう片方は式神を呼び出す式札を懐から取り出しながら、そいつに突撃した。
が。
…落ち葉というものは、折り重なると滑りやすいもので。湿気を含むと更にその滑り具合が増す。
そして俺はタイミングの悪いことに、丁度その具合の所を踏んでしまったらしい。
「のわっ!?」
ずるっと足を滑らせる俺。
そしてそのまま、前につんのめってこけた。
おまけと言わんばかりに、背中には手から離れた式札がはらりと落ちてくる。
一瞬静まり返る、森の中。
そんな中で、俺は漠然と思う。
(や ら か し た…!!)
落ち葉がクッションになったから痛くはないものの、これはこの上ないくらいの失態と恥を晒したのである。
そしてもしこれが、言葉の通じない本能剥き出しの妖怪相手だったならば、確実に死んでただろう。
「………」
俺は無言でもそもそと起き上がる。
目の前にいた瞬輝は、どうやら拍子抜けしたらしく小さな溜め息をついていた。
すると、座り込む俺に近付きかがみこむと、耳元で一言。
「今度はもっと、あたしを愉しませてくりゃしゃんせ…卜部の坊や」
「…!!」
その言葉に、顔に至らず身体中が一気に熱を帯びた。
それが恥からくるのか憤りからくるのかは定かではないが、とにかく俺はそいつをきっと、思い切り睨み付けた。
しかし瞬輝は意に介さない様子で、そのまま俺の横をすり抜けて行ってしまった。
秋の森の中を歩く彼女の後ろ姿が見えなくなった頃、ようやく俺は言葉を発する。
「……何ッやねんアイツ!!何やねんアイツー!!」
鮮やかな色の森の中、俺の声だけが虚しくこだまする。
しかし今の俺は、無性に何か叫ばずにはいられなかった。
ただ、この胸にわだかまる不思議な感情を、とにかく言葉と同時に吐き出したかった。
*END*
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ということで、卜部惚れました←
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