死神、退散する
2013.06.20.Thursday
* * * * * * *
人気のない廊下に響き渡った、一発の銃声。
その凶弾は、骸骨の覆面を被った彼女の身体を貫いていた。
「が、はっ…!」
腹部を抑え、咳き込むリジェクト。
覆面の被り口からは、赤い液体が滴った。どうやら吐血したらしい。
不意討ちをくらい、負傷した彼女の身体はぐらりと傾く。
そしてそのまま、下敷きにしていたデスの隣に、どさりと倒れこんだ。
そんな彼女を撃ち抜いた主は、快活な口調で声を発する。
「おやおや、急所を外してしまったようだ!苦しまない様に一撃で仕留めるのが私のモットーなのに、実にスマートではないっ!」
やけに芝居じみた口調で話す男、ジェントル。
彼はハットを軽く傾けながら、まだ息のあるリジェクトを見下ろした。
しかし彼女の白い衣服はみるみるうちに赤く染まり、おびただしい出血を直に示している。
そんな、苦し気に咳き込み肩で息をするリジェクトを、隣にいたデスは上体を起こし、ただ無言で見つめていた。
「さて、デス君。いつまでそんな所に座り込んでいるつもりだい?早々に立ち上がりたまえよ、実にスマートではない!」
「………」
言われたままデスは、緩慢な動きでのそのそと立ち上がる。
動きの鈍いその彼を、微かに苛立った様に見据えていたジェントルは、ぼそりと呟く。
「全く、なんという無様な格好だ。…しかし、君を一発で仕留めない彼女も彼女だがね」
「………」
ジェントルの言い分にも、やはり黙ったままのデス。
しかしそんな彼を尻目に、ジェントルの話す対象は床に伏すリジェクトへと切り替わった。
「さてさて、亡者の覆面のレディ!今度こそは一撃で君を葬って差し上げよう!」
言いながら、ステッキの先端を彼女に向けた。
彼の持つステッキは仕込み杖で、様々な形状に変化する銃に改造してある。
先程リジェクトを撃った一発は、どんな強固な壁をも射抜く、攻撃力に特化した形状だったらしい。
ただ、装填が一発ずつの上、衝撃で手元がぶれやすいという難点があるが。
「今度はきちんと、額を射ぬ射て進ぜよう」
「がはっ……ひ…卑怯だぞ、ジェントル…!!」
リジェクトは痛みを堪えながら、身を仰向けにして紳士姿の男を覆面の下で睨み付けた。
しかし言われた方は、全く悪びれた様子もなく返答する。
「卑怯?いやはや、心外な言われようだ!苦しまずに一撃で死ねる事こそが、最高且つ理想的な死に方というものではないかね?その為なら、私は手段も厭わないよ」
「くそっ……お前、最低…だ…!」
ジェントルの卑劣なやり方に反感を示すリジェクトだが、ジェントルはただ困った様に溜め息をつくだけであった。
「やれやれ、言葉使いがよろしくないレディだ。…さて、後は他に、何か言い残すことはあるかね?」
「く……くたばれっ…」
「…全く以てスマートさに欠いているな、君は。まあいい、そろそろその苦しみを終わりにして差し上げよう」
狙いを定め、ステッキ状の銃口をリジェクトの頭部に向ける。
そして取っ手付近の引き金に、指をかけた時だった。
「…妖術発動―“霧隠れ”」
その声がした瞬間、廊下に濃霧が発生した。
突如視界を奪われ、ジェントルは驚愕した声を上げる。
「な…何だねこれは!?何故、突然霧が…!」
状況に気をとられ動揺するジェントルの声がする中、床に伏すリジェクトの傍に二人の人物が駆け寄ってきた。
「リジェクトさん!大丈夫ですか!?」
「ぁ……な、何で…二人が、此処にっ…」
喉奥の血に咳き込みながら、リジェクトは霧の中から朧気に姿を現した神代 理人と、川越 寧々子を確認した。
「この霧は私の術です。さっきの二人には私達の姿は見えていないはずですから、大丈夫ですよ」
「何で…僕の、居場所を…」
その問い掛けに、今度は神代答えた。
「それは私の目で…ああ、私の目はちょっと特別でしてね。って、こんな説明してる場合じゃないっ!川越さん、まずは彼女を急いで保健室に!」
「わ、分かりました!」
神代の緊迫した言葉に、寧々子も慌てて行動を起こす。
二人がかりでリジェクトを抱き起こすと、霧の中を進もうとした時だった。
変鉄のない霧中の状況に慣れたのか、ジェントルの高慢じみた声が響き渡った。
「はははっ!そうか、亡者の覆面のレディ、これは君の仲間の仕業だな!だが最初の弾丸は、じきに死に至るものだ!今更手を施した所で、もう手遅れなのだよ!」
「っ…!!」
その言葉に、神代と寧々子の表情が強張った。
事実、リジェクトの出血は未だに止まず、心音も体温も弱く低くなってきていたのであった。
突き付けられた真実に二人が戸惑う中、更に絶望的な音が三人の背後からした。
ちゃり、と揺れる鎖の音―
先程教室で耳にしたその音に、神代と寧々子は驚愕して振り返った。
「っ、さっきの…!」
「…しつこい奴ね…」
「………」
白い霧の中から次第にはっきりその人物が露になる。
紫の大鎌を手にした死神が、ゆっくりと三人に近づきながら姿を現した。
しかし彼は武器を構える様子もなく、代わりに何かを放って寄越した。
「…?」
警戒しつつも、それをぱし、と受け止める寧々子。
彼女が手中のそれを確認した所、正体は七色に光りながら同色に焔を上げる、神秘的な液体が少量入った瓶だった。
「これは一体…?」
「…“魂”だ。それを飲ませれば、そいつの命は助かる…」
それだけ言い残すと、デスは再び霧の中へ姿を眩ました。
寧々子は彼を呼び止めようとしたが、死神は既に白い中へと消え失せた後だった。
「…どうしましょう、神代先生」
「…他に手段はありません。罠という可能性もありますが、此処は彼の言葉に賭けてみましょう」
そうして神代と寧々子は一旦場所を移し、リジェクトにその“魂”という名の液体を飲ませる事にした。
次第に霧は晴れ、廊下にはジェントルとデスだけがその場に残されていた。
「ふむ、霧に乗じて逃げる方法…中々スマートで宜しい」
「………」
敵の戦法を称賛するジェントルと、黙ってそれを見つめるデス。
すると紳士姿の人物は、その死神の男の方にくるりと向き直って話す。
「さて、君の魂狩りは一時中断して引き上げようではないか。後日、また出直しだ」
「…?」
ジェントルの言葉に、デスは不思議そうに小首を傾げた。
それに気付いたジェントルは、やれやれと溜め息混じりに理由を述べる。
「そんなふらふらな状態で、まだ狩りを続ける気かね?それにその出で立ちで歩くなど、実にスマートではない!」
「………」
「さあ、理解したのならば早々に行こうではないか、デス君」
言い切らぬ内に、さっさと廊下を歩き出したジェントル。
きびきびと歩くその紳士に続く様に、足取りが覚束ない様子でデスも後に続いた。
しかし歩き出して間もなく、ジェントルは振り返らずに後方の彼に一つ訊ねる。
「…ところでデス君。腰に提げた瓶が一つ足りない様だが、どうしたのかね?」
その問い掛けにデスは、すぐには答えずに少し間を置いてから答えた。
「……さっきの霧に乗じて、奪われた…」
「奪われた?いやはや、何ともずる賢い連中だ!…しかし連中が、君の持っていた瓶の液体が何なのかを知っていたのかね?」
「………」
「分からない物を奪いに危険を犯すなど、些か怪しいと思わないかね?」
次々と疑問を投げ掛けるジェントルだが、デスは終始無言を貫いた。
沈黙を続ける仲間に、ジェントルはとうとう諦めた様子で、盛大に溜め息を吐くだけであった。
「…妙な感情は捨てろよ。今回の事は黙っててやる」
「………」
口調も声色も一転し、低く静かに警告を促すジェントル。
しかし後ろを歩くデスはやはり、黙りこくったままであった。
そうして二つの足音は、人知れず学園を後にしたのであった。
*END*
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ちなみに回復方法はデスの渡した瓶(魂)です。
魂=生命の源→怪我人が飲み込む→生命力みなぎるぅぅぅ→怪我も回復(・∀・)ヤッタネ!
…といった感じの回復方法です(ぇぇぇ)
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