最後に〆る夏祭り話
2013.06.19.Wednesday
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首をぎゅうぎゅうと締め上げる白沢、そして絞められる壱鬼。
しかし壱鬼も、一方的にやられる様な性格ではない。
「ぐっ…!……っの、だぁぁぁッ!!!!」
「!」
白沢の腕を掴むと、鬼本来の怪力で以て、締め上げてくる教師の腕を引き剥がした。
軽く咳き込みながら、壱鬼は距離をおいて白沢の方に向き直る。
「おい白沢ぁ…見回りしながらデートとは、良いご身分じゃねーかぁ…」
「違ぇよ、桜花先生は俺の仕事を手伝ってくれてんだよ。単純に祭りを楽しむお前らと違ってな」
睨み合う二人の視線の間には、ばちばちと火花が散って見えるのは気のせいだろうか。
路の真ん中で対峙する二人だが、往来を行く人々はそれを避けて歩いていた。
そんな中、壱鬼は傍らで見守っていた狐乃衛に呼び掛ける。
「おい狐乃衛!アレあるか!」
「あいよー。ちゃんと持ってきてるよっ、と」
狐乃衛が壱鬼に放り投げて渡したのは、パックタイプの鬼殺し。
壱鬼はその酒を受けとると、乱雑に開けてそれをあおった。
その人物の様子を、少し離れた位置から見ていた川越寧々子が、近くにいた彼の友人にぽつりと訊ねた。
「…竜彦、あれ止めなくていいのか?」
「お酒は二十歳から…ですが、あいつらの場合はもう諦めます」
きっぱりと言い切る彼は最早、壱鬼達を制止する気力はさらさらないらしい。
手に提げていた金魚と小さいごまどうふさんが入ったポリ袋を、目線の高さに持ち上げて眺めている。
そんな竜彦を見て感化されたのか、寧々子もため息をつくだけで壱鬼の行動を止めようとはしなかった。
「ま、俺らは高見の見物ってことで!」
いつの間にか二人の傍らに来ていた狐乃衛が、何故か楽しそうにそう話す。
「…アンタ達、本当に壱鬼の友人なのか…?」
まるで他人事の様な二人を見て、寧々子は呆れた様にそう呟いた。
一方、生徒の飲酒を目の前で目撃した教師陣は、呆気にとられながらも注意を促す。
「ちょ…壱鬼君、豪快に飲み過ぎでしょ!」
「お前何教師の前で堂々と酒あおってんだ、この馬鹿!」
「へっ、鬼は元々酒に強ぇから大丈夫だ!!」
「「そういう問題じゃない!!」」
桜花と白沢は息ぴったりの突っ込みを入れるが、鬼殺しを飲みきった壱鬼には最早、恐いものなどなかった。
頬には薄らと赤みがさし、目も据わっている。
口角を吊り上げて笑う彼は、既に酔いが回り始めている様子だった。
「だっはははー!!よっしゃ白沢、俺と正々堂々勝負だー!!」
言いながら、何故か浴衣の上を脱ぎ始める壱鬼。
どうやら酒が入ると体温が上昇し、熱くなって脱ぎたくなるらしい。
そんな彼の様子を見て、白沢は小さく溜め息をつきながら桜花に話す。
「はぁ…桜花先生、ちょっとこの小さい桜花先生を頼む」
「へ?はぁ…って、先生一体何を!?」
ミニマム桜花先生を受け取る桜花は、ぎょっとした声で訊ねた。
と言うのも、目の前の白沢までもがネクタイを緩めてシャツのボタンを外し始めていたからである。
「何って…アイツを相手にして、服燃やされたらたまらんからな」
普段なら楽勝だが酒が入ると火力が増すんだよ、と話しながら壱鬼同様、服を脱ぎだそうとしていた。
そんな白沢を見て、桜花はあわあわと周囲を見回しながら制止しようとする。
何故なら、現在皆がいる箇所は往来のど真ん中。
立ち止まってもめるだけでも目立つのに、男二人が服を脱いで上半身裸となれば、余計に目立つ。
おかげで周囲には、ギャラリーの好機の眼差しが多々注がれていた。
「しっ…白沢先生、止めましょうこんな所で!せめて場所変えませんか!」
「いや、もう壱鬼の奴が此処でやり合う気満々みたいだ」
言われた通り、二人の前に立つ鬼の彼は仁王立ちして両手から、いつにも増した勢いの炎を上げている。
「白沢ぁ!!真っ黒に燃やされる覚悟はできたかァ!?」
「ったく…その減らず口叩けねえようにするぞコラ…!」
威勢ある壱鬼の挑発に、白沢も珍しく対抗心を燃やす。
今や一触即発状態の二人の間には、ただならぬ殺気と空気が漂っていた。
果たしてどちらが先に動くか、張りつめた雰囲気に包まれていた―
が、それを打破する掛け声が一つ、割って入った。
「止めなさいっつってるでしょーがぁぁぁ!!!!」
「「ガハッ!?」」
驚愕混じりの呻き声と同時に、ゴスッという鈍い打撃の音。
そして半裸になっていた男二人は地面へと沈んだ―
− − − − − − −
「…全く、二人とも公共の場で一体何をおっ始めようとしてんですか!周囲の人達に迷惑かけないようにもっと考えて行動しなさい!!」
「「……ハイ…」」
道の脇に移動し、半裸のまま正座して項垂れる白沢と壱鬼。
そして二人の前に立ち、説教をする桜花先生。
道行く通行人の視線に晒されているが、最早野次馬の目線など気にしていない様であった。
その野次馬達と馴染むようにして、少し離れたところから見つめる竜彦、狐乃衛、寧々子。
「ぶっは、見ろ二人とも!白沢まで説教されてるー!」
「狐乃衛…せめて写メ撮るのだけは止めておけ」
「でも竜彦、あれは中々珍しい光景だから貴重な一枚になりそうよ」
「って、川越先輩まで!?」
二人して携帯を片手に写メを撮る姿に、竜彦はぎょっとした様子で困惑していた。
一方で、桜花先生と妖人二人の説教タイムはまだまだ続いていた。
正座する二人のうち、白沢は(´・ω・)とするだけだが、壱鬼は歯を食いしばって足の痺れを堪えている表情を浮かべていた。
「ちょ…先生、ちょっとたんま…」
「何?トイレ?さっきあんなにお酒を一気したからでしょーが、自業自得っ!!」
「違っ、足がぁぁー…!!」
すると、その壱鬼の悲鳴じみた声を聞いたのか、説教中の二人の背後の通り道から不意に、二つの声が掛かった。
「…あれ、もしかしてこれは壱鬼君の声?」
「ん、どうしたのじゃ先生?…って、壱鬼と白沢先生そんなところで何しておるのじゃ…」
「あ…淡海先生と由烏ちゃん」
「「…ぇ?」」
桜花は顔を上げた先に、壱鬼と白沢は振り返った先に、たまたま通りがかった淡海と由烏が足を止めていた姿があった。
淡海は右手を由烏に手を引かれ、もう一方の手には何か食材の袋を抱えている。
由烏はエプロンを身に付け、長い黒髪を高い位置で束ねて動きやすい服装をしていた。
「おや、桜花先生も其処にいらっしゃるのですね。こんばんは」
「あっ…こ、こんばんは、淡海先生!」
穏やかな声で挨拶をする淡海に、桜花は今までの説教していた熱を忘れたかのように慌てて一礼して挨拶をした。
すると由烏が、すかざす彼女の前で正座をする半裸二人を見て、小ばかにした様な眼差しで話す。
「また何かやらかしたんじゃな、壱鬼?白沢まで一緒とは珍しいのう」
「てめっ、由烏!なんだその馬鹿にした目は!っ、がぁぁ足がっ…!!」
立ち上がろうとした壱鬼だったが、足が痺れておりそのままごろんと地面に倒れ伏す。
隣にいた白沢はそんな彼を見て、ぼそりと呟いた。
「無理すんな壱鬼、痺れが取れるまでしばらく動けねぇぞ」
「なんじゃ壱鬼、足が痺れておるのか…ならばこうするしかないのう!えいえいっ!」
「ぎゃぁぁぁぁっ!?てっめぇこのチビ、触るんじゃねぇ!!…あ、ちょっすみませんでしたマジごめんなさい止めて止めうわぁぁぁぁ!!!」
「由烏、腕は押さえといてやるから思う存分やれ」
「わーい!白沢、恩にきるぞ!」
「白沢てめぇぇ!!裏切る気かこの野郎ォォォ!!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ三人を尻目に、淡海と桜花の話は淡々と続く。
「また壱鬼君絡みで騒ぎですか?」
「ええ、まあ…色々ありまして、白沢先生も一緒に…」
「ふふ、お説教お疲れ様です」
「とっ…とんでもない!ただ、ついかっとなってやってしまったと言いますか何と言うかー…」
あはは、と苦笑いする桜花に、淡海も穏やかな笑みを浮かべて助言する。
「いえ、時には誰かを叱咤することも必要です。それが後々その人のためにもなりますし、周囲の人のためにもなります」
「淡海先生…」
「ですが、ただ説教だけの祭りというのも味気ないでしょう。よろしければ、私達の出店の方に来ませんか?」
「えっ?淡海先生、出店やってるんですか?」
「ええ、正しくは私の妻が、ですが。私はその手伝い、そして由烏さんはその手伝いの手伝い、です」
目の見えない淡海のために、由烏は自らその役を買って出たのだと言う。
最初は断ったのだが、箱入り娘同然に育てられた彼女は出店の店員というものを一回やってみたいのだ、と話す。
そうして結局は淡海が折れて、彼女も手伝いとして来てもらったのだそうだ。
「へー…由烏ちゃん、小さいのにしっかりしてますね」
「はい、彼女には普段から助けられてます。…ですが今日は一店員としてですので、終わったらお給料を渡してあげようと思いまして」
こっそりと桜花にそう話す淡海は、まるで娘の成長を見守るかのように楽しげで何処か嬉しそうでもあった。
− − − − − − −
― 所変わり、淡海の妻がやっているという出店の前に、皆移動してきた。
「へー、焼きそば屋さんですか」
「ええ、私の妻の作る焼きそば、とても美味しいんですよ」
「…先生、それ密かにノロケ入ってません…?」
桜花の言葉に答える淡海に、白沢が何気なくツッコミを入れていた。
しかしそんな教師陣の会話を吹き飛ばすくらいの元気な声が、三人の背後から響いた。
「うおーっ!美味そうな匂いがするー!!」
「ちょ、壱鬼ヨダレ!」
「…川越先輩、この白い金魚もどきは焼きそば食うでしょうか」
「うーん…試しにちょっとだけやってみる?」
後から続いて来た壱鬼、狐乃衛、竜彦、寧々子の生徒達が、各々話しながら続いてくる。
そんな生徒達の様子を見ながら、白沢があきれた様子で呟いた。
「ったく、元気だけは一人前だよな皆…」
「ふふ、彼等もまだまだ子供ですからね。あの若々しさは私たちも見習うべきでしょうね」
「淡海先生…それじゃまるで私たちが老人のようです!」
のんびりと答える淡海の言葉に、今度は桜花がツッコミを入れていた。
「さて…それでは皆さん」
雑談も程ほどに、淡海が教師陣と生徒達に向かって一声を放つ。
それに気付いた皆は、彼に視線を向けた。
にこにこと微笑む淡海の口から紡がれた、続く言葉は―
「小銭はお持ちでしたでしょうか?」
「「「「金取るんかい!!!!」」」」
まさかの発言に、その場にいた全員の声が一致した。
「え、何か問題が?」
「いやいやいや先生!ここは“知り合いなので奢ってあげますよ”とかの発言でしょうが!」
「ですので、特別に安くしておきますよ」
「なんという守銭奴!ってか淡海先生そんなキャラでしたっけ!?」
「それが生憎、家庭の財布の紐は妻が握ってまして…これでも結構交渉した方なんですよ?」
「もしや奥さん、鬼嫁!?」
「まさか。ちゃんとした人間ですよ」
「そういう意味じゃなくて!!」
皆して淡海に詰め寄るが、とうの本人は始終不思議そうな様子であった。
するとすかさず由烏が、助け舟を出す。
「今淡海先生の奥方と交渉したのじゃが、更に特別に飲み物もおまけしてくれるそうじゃぞ!」
「「「嬉しくねーよ!!」」」
「ちなみにメニューは、公園の飲み水場から運んできた水のみだそうじゃ」
「「「選択肢がまさかの水道水オンリー!?!?」」」
こうして、妖人科を中心とした祭りは和やかに終わるはずもなく、相変わらず何かしらの騒動がつきまとっていた。
*END*
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淡海夫婦が綺麗に落ちをつけてくれました
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