眼帯教師と夏祭り

2013.06.19.Wednesday




* * * * * * *


現在芦屋は、夜の屋上で花火を見ることにしていたのだが、共にしていた陰陽科の生徒、佐藤 郁から「好みの女性のタイプは?」という質問攻めを受けていた。

彼は質問を適当にはぐらかそうとしたのだが、郁も何故か粘り強く食い下がって来て、中々諦めてくれそうにもない。

そうしてとうとう折れたのか、芦屋は小さく溜め息をついた後、腕を組んで考えながら答えを口にした。



「そうだな…無邪気な者を見ていると、心惹かれるものはあるな」

「無邪気…ですか?」

「ああ。屈託なく笑う表情等を見ていると、こちらも自然と元気づけられる」

「……!!」


その時郁の顔には、はっと何かに気がついた様な表情が浮かんだ。


―無邪気、屈託のない笑み。

それらのワードに当てはまる対象、つまりそういった嗜好を表す言葉がある。

もしや、芦屋先生は―



(ロ、ロリコンッ…!?!?)


挙げたワードにも当てはまるし、それならば彼が今日まで独身を貫いてきた理由にも辻褄が合う。


「え…いやいやまさか、そんな…」

「…何をぶつぶつ呟いているんだ?」


青ざめながら独り言を口走る郁に、芦屋は訝しげな視線を送る。

郁はギギギ、とさび付いたブリキ人形の音でもしそうなぎこちない動きで、その教師の方を見た。

そして意を決した様に、浮かび上がったその疑惑の真意を確かめた。


「せ…先生って、ロ……ロリコン、なんですか…?」

「…!?」


その問いかけは、さすがの芦屋も驚かせたらしい。

独眼の右目を点にさせながら、疑いの眼差しを向ける郁を見つめていた。


「…その唐突な質問は何処から出てきた」

「だってだって!“無邪気で屈託なく笑って元気をくれる”と言えば、子供じゃないですか!」

「…なるほど、そういう考え方もあったか」

「で!?本当のところはどうなんですか先生!大丈夫です、先生がロリコンだったとしても引きません…いやちょっとは引くかもしれないし変態だと思うかもだけど、罵ったり軽蔑はしませんから!」

「言いたい放題だな…」



くわっと目を見開いて問い詰め寄る郁に、芦屋は外方を向きながらぼそりと呟いた。

芦屋は、ふうっと溜息をつきながらその質問を否定した。



「案ずるな、私にそんな趣向はない」

「…で、ですよねー!良かった、本当にロリコンだったらどうしようかと…」

「…おい、聞こえているぞ」



疑惑が白と判明して胸を撫で下ろす郁だが、ぼそぼそと吐露した本音は芦屋の耳にも届いていたようだった。



「…だがやはり、心に穢れがない者は羨ましいな…」

「え?」

「あぁ、いや。何でもない、独り言だ」



ぽつりと呟いた芦屋の言葉に郁は尋ね返すが、彼はそれを適当にはぐらかすだけだった。

しかしその表情は何処か憂いを帯びた気配を隠せずにいた。







すると不意に、ぱっと夜空が明るくなった。

続いてどん、と花火の打ちあがる音が遅れて鳴り響く。

どうやら祭りの最終項目の花火大会が始まったらしかった。



「うわー!いよいよ始まりましたね、夏が終わるー!」

「随分とネガティブだな」

「だって、事実これが見納めみたいなものでしょう。後は秋の体育祭や学園祭が待ち受けて…あぁ準備とか練習めんどくさ…」



それらの催し物を口にした途端、不意に現実に戻ったように郁は頭を抱えた。

どうやら彼女にとっては、それまでの過程が面倒で仕方ないようである。

そんなだれる彼女の様子を見た芦屋は、口元に苦笑を浮かべながら彼女を慰めた。



「…まあ、今だけは祭りの雰囲気を十分楽しんでおくといい」

「…ですね!よーし、先生の花火と先生の姿を焼き付けておくぞー!」

「何故そこに私が入る…?」



気を取り直した郁は、俯いていた顔を上げて夜空に打ちあがる花火を見つめるが芦屋は彼女が発した言葉が気になった様子で訝しげに彼女を見ていた。



しかし彼はふと何か考える様子で、花火にも目もくれずじっと彼女の横顔を見つめる。

しばし夜空を見上げていた郁だったが、不意に芦屋が自分の方を見ていることに気が付いた。



「先生、どうかしました?…花火はあっちですが」



打ちあがる方角を指差す郁だが、それでも芦屋は彼女から目線を外さない。

それどころか、妙に熱い視線で彼女の眼をじっと見つめてくる。

その熱視線を受けて、郁はぽっと頬を染めて冗談ぽく笑って話す。



「やだ先生、隣に浴衣美人がいるからってそんなに見つめないで下さいよー」

「……郁」

「…え、ちょ、先生?」



真顔で名を呼ばれ、さすがの彼女も笑っていられなくなった様子であった。

密かに冷や汗を流しつつ、芦屋に訊ねる。

しかし彼は無遠慮に、彼女にずいっと顔を近づけた。



「…!?!?」



その行動に、郁も仰天した様子で顔を赤く染め目を見開く。



(キ、キスされるっ…!?)



このシチュエーションでこの雰囲気だ。

そう判断を下した彼女は、咄嗟にぎゅっと眼をつぶった。



が、相手は学園一二を争う無粋の男である。

そんなロマンティックな行動の代わりに、口から出たのはとんでもない言葉であった。











「…マスカラがダマになっているぞ」

「…………はい?」



ぱちりと目を開け、目の前の芦屋を見つめる郁。

しかしその眼差しには「コイツ何言ってんの」的な発言がありありと込められていた。



「いや…だから、睫毛に虫か何かが付いているのかと思って見ていたのだが」

「………」

「薄暗くて見づらいから近付いて見たが、マスカラがダマになっていただけだ、という「先生のバーーーーカ!!!!」

「何だ唐突に、失礼な」

「失礼なのはどっちですか!!あーあ、期待して損した!!」



芦屋の淡々とした説明に、郁は怒った様子で外方を向く。

すると彼女の発言を聞いた芦屋は、また悪戯な笑みを口元に湛えて訊ねる。



「一体何を期待していたんだ?」

「…へ!?い、いやっ!そそそそれは…」

「何だ、答えづらいことか」

「くっ……せ、先生の意地悪!」

「まあ、化粧も着付けも、普段面倒くさがりなお前にしては頑張ったな」

「……ども」



今夜のために準備したことを褒められ、郁は途端照れ臭そうに俯いて返事をした。



「けど、男性が化粧について口出しするのは邪道だと思いまーす…」

「ならば普段から、面倒くさがらずに練習しておくことだな」

「う゛…」



痛いところを突かれ、郁は苦々しい顔をしたまま閉口した。

しかし言われたくないことは事実である。彼女は拗ねた様子で、むくれた表情を浮かべていた。

それに気付いた芦屋は、苦笑しながら小さく溜息を付くと彼女に言う。



「そう拗ねるな、帰りに自販機だが何か飲み物でも奢ってやろう」

「!本当ですかっ!?……500mlのペットボトル」

「缶ジュースのみだ」

「…ケチ!!」

「奢ってやるんだ、むしろ感謝してもらいたいものだ」





不満げだがどこか楽しそうな女生徒と、苦笑を微かに口元に湛えた教師との二人の姿を、夜空に咲く花が刹那に照らしていた。



*END*



* * * * * * *


芦屋はやっぱり無粋極まりない男でした←

多分、女心という概念がこやつの頭には入っていないんじゃないかと思えてきた/(^o^)\

22:15|comment(0)

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