ツンデレと夏祭り
2013.06.19.Wednesday
* * * * * * *
正直俺は、長いとは言い切れないその人生の中で、今が一番緊張しているのかもしれない。
と言うのも、後輩の優宇と二人で祭りを廻ることになっているからだ。
他の連中がどんな経緯で断ったのかは分からないが、俺にとってはまたとないチャンスだった。
言葉には出さないが、今だけ来なかった連中にマジで感謝する。
そうしてその彼女を、現在こうして待っている訳だが。俺の方が随分と早く来過ぎてしまったらしい。
到着して携帯で時間を見てみると、待ち合わせ予定の時刻よりも一時間は余裕があった。
(…俺、楽しみにし過ぎだろ)
この場合“張り切り過ぎ”とも言い換えることも出来るが。
俺は内心そう呟きつつ、持て余したその時間をただ何をするでもなく、その場でそわそわとしながら携帯を弄ったり、祭りに訪れている通行人を眺めたりしながら過ごした。
しかし予定の時間に近付くにつれ、心が落ち着かなくなってくる。
また携帯で時間を確認する。予定の時刻の十五分前を示していた。
しっかり者の彼女のことだ、予定の時間きっかりよりも、少し前に到着するだろう。
(そう考えると、そろそろだな…)
期待に満ちた様で、一方ではまだ心の準備ができていないような、そんな何とも言い難い心境の最中、からんと一つの下駄の音が、俺の背後から響いた。
その音に気付いた俺が振り向くと、そこには待ちわびた人物がいた。
「こんばんは、天信さん」
「……お、おう…」
にこりと微笑んで、小さく会釈をする優宇。
しかし不意を突かれた心地の俺は、上手く言葉が出てこなかった。
女子だから浴衣で来るのだろうとは予測していたが、想像と実際目にするとでは、やはり違う。
優宇は淡い藤色の浴衣に身を包み、髪型も普段とは異なり、大人びた雰囲気を醸していた。
頬のハートマークも今は片方だけの目尻に小さく描かれて、落ち着いた浴衣の雰囲気と相まっている。
いつもと違う彼女の姿を目にしていた途端、今まで「これだけは素直に言おう」と考えていたフレーズの数々も、頭から一気に吹き飛んでしまっていた。
おかげで、その彼女の浴衣姿を褒めようと考えていた言葉も、今や何を言っていいのか分からなくなっている。
しかし優宇は固まっている俺に気付かない様子で、話を進めた。
「すみません、お待たせしましたか?」
「ぃ、いやっ!俺も今来た所だ」
まさか「一時間前から待機していた」などとは、絶対言えるわけがない。
しかし俺の言葉を聞いた優宇は、良かったと安堵しながら言葉を続けた。
「着付けや準備に色々時間が掛かっていましまして…本当は、もうちょっと早く来る予定だったんですが」
「そっ、そうかよ…」
素っ気無い俺の態度を見て、心配になったのだろうか。
優宇は少し不安げに訊ねてくる。
「…あ、もしかして浴衣…似合ってないですかね?」
やっぱり大人っぽすぎたかな、と苦笑する彼女だが、それを聞いた途端俺はすかさず否定する。
「そ、そんなことねーよ!まあ、その…えーと、なんだ…」
次第に言いよどむ俺。全く以って情けねぇ。
とにかく、彼女の浴衣姿は似合っているという気持ちだけでも伝えたかったので、俺は脳内をフルに回転させて言葉を紡ぐ。
「…まあ……わ、悪くはねぇ…かな」
何という天邪鬼っぷり。自身の種族だからと諦めてはいるものの、改めてこの性格が恨めしく思った。
が、優宇にはその思いが少しは伝わったのだろうか。
俺の言葉をきょとんとした表情で聞いていたが、「ありがとうございます」と言うと、嬉しそうに笑っていた。
そんなやりとりがありながら、俺達は屋台や出店が並ぶ祭会場へと向かった。
奥に進むにつれ、人の数も増えて歩みが遅くなってくる。
その流れに合わせてゆるゆると進みながら、俺達は出店を見て回った。
途中、かき氷を買ったり射的をしたり、金魚すくいに挑戦したり(結局一匹も取れなかったが)などと、二人という少人数ながらも祭りを大いに満喫した。
そしてまた人混みに紛れながら歩いていると、優宇がふとある出店を見て目を輝かせた。
彼女はその方に駆け寄り、爛々とした眼差しで商品を品定めする。
「…お面屋?」
俺も優宇の後に続いてその店の前に来たが、そこに並んでいたのは様々なキャラクターの顔を模倣したお面屋だった。
「はい!色々と楽しめるので、私好きなんです!」
「色々…?」
楽しげに言う優宇だが、果たしてお面屋でそんなに楽しむ要素があっただろうかと思っていると、彼女はおもむろにあるキャラクターのお面を手にした。
優宇が選んだ面は、有名過ぎる某猫型ロボットのお面だった。
それを顔の前にかざすと、そのキャラクターそのものの声で話す。
「こんにちは、ぼくドラ○もんです!」
「うお、すっげぇ似てる!ってか本物!?」
そうだ、優宇は誰の声も真似できるという特性があった。
様々な声を出せる、つまりこの並ぶ面のキャラクター達全ての声真似ができるということだ。
そこまで思い至った俺は、彼女が言っていた「色々な楽しみ方が出来る」という言葉の意味を今ようやく理解した。
それをいいことに、俺は自分の願望を優宇に要求する。
「な、なぁ…その声で俺の名前呼んでくれねーか…?」
「全く、天信君は仕方ないなぁ!それじゃあ…“どこでもドア”ー!!」
「おぉぉ!!すっげぇ!!」
ドラえ○んに名前を呼んでもらった上、どこでもドアまで出してくれた。(台詞のみだが)
思いがけない所で夢のような体験に、俺は素直に感動した。
が、周囲の人達が優宇の真似した声に反応したらしい。
「え、今ド○えもんの声しなかった?」
「うそ?」
「マジマジ!聞こえたって!」
「えー、じゃあドラえも○の声優さんが来てるってこと!?」
お面屋付近にいた人々が、にわかにざわめき立つ。
「まずいっ…!おい優宇、さっさと行くぞ!」
「え?あ、はあ…」
周囲の声にはっと我に返った俺は、優宇が手に持っていたお面を店に戻すと、彼女の背中を押して素早くその場を立ち去った。
出店の雑踏から少し離れた場所まで来ると、俺は来た方向を振り向き確認しつつ息をついた。
「…はぁ、何とか声真似だってばれずに済んだな」
「うーん、他にも色々なお面で遊びたかったのですが…」
「お前の声真似は周囲に誤解を招くから危険だ…!」
「そうですか?」
似ているどころではない、本物そのものだ。
そんな声で話せば、往来の人達に混乱を招くことは必須である。
しかし彼女は、そんな自覚がない様子である。
まるで気付く素振りのない彼女に、小さい溜息と苦笑が自然と洩れていた。
すると、祭りの喧騒から離れたベンチで、見慣れた人物の姿があることにふと気が付いた。
(あれは…瞬か?)
すると、隣にいる座高の高い黒髪の人物は、あいつが日々口にする“陣内先生”なのだろう。
(あいつもようやく念願叶って、先生とデートってか…)
日々の努力が報われたんだな、としみじみ二人の後ろ姿を眺めていると、優宇が不思議そうに訊ねてくる。
「天信さん、誰か見つけたんですか?」
「…まあ、ちょっとした知り合いだ」
「友人ですか?」
「べ、別にダチとか俺は思ってねーし!…ま、まあ仲は悪くはねぇけどよ…」
「でも知り合いでしたら、やっぱりちょっとくらい挨拶してきた方が…」
「いや、今邪魔するのは止した方が良さそうだな」
「え…という事は、良い雰囲気なんですか?」
「多分な。ほら、あそこのベンチの…」
言いながら、俺が二人の方を指し示そうとした時だった。
瞬は陣内先生の肩に落ちてきたゴミか何かを取ろうと手を伸ばしたらしいが、風でそれがふわりと舞う。
それを思わず手を伸ばして追う瞬だが、そいつはあろうことかそのまま陣内先生の方に倒れ込んだ。
あいつ、間違いなく(事故とはいえ)押し倒しやがった。
「…!!」
それを目撃した瞬間、俺は咄嗟に優宇の両目を手で覆っていた。
いや、年齢的にそんな必要ないのかも知れないが、何故か“優宇にはまだ早すぎる!”といった、親みたいな使命感に、その時の俺は駆られていた。
「え、天信さん急にどうしたんですか!?お知り合いの方に一体何が!?」
「なっ、ななな何でもねぇ!!そうだ、それよか林檎飴奢ってやるからまた出店の所に戻るぞ!!」
瞬、周りに人がいないとはいえ、一応此処は公共の場だ!もうちょっと人目を忍ぶ場所でやってくれ!
俺は内心そんな言葉を叫びながら、優宇の目を覆ったままその場を離れた。
―場所が変わり、再び人や出店で賑わう路地に戻ってきた。
咄嗟の言い訳とはいえ、言ってしまったからには男に二言はない。
俺は優宇に林檎飴を買ってやり、また人の波の中を縫って歩いていた。
しかし先程と比べて、人数が明らかに増えている。
それは後ろを歩く優宇も感じていたらしく、ぶつかりそうになる対向者を避けながらその旨を口にする。
「何だかさっきよりも、人が増えましたね」
「…そろそろ花火が始まるからだろうな。皆移動してんだろ」
最早流れも乱雑になり、往来を行き交う人々は互いに避けながら歩くという始末だった。
しかしそんな状況でも、俺の向かいから来る人は俺を見て自然と道を譲ってくれる人が殆どであった。
おそらくこの強面のおかげなのだろうとは予測がついたが、どこか悲しいような居た堪れない心地があったのもまた事実。
果たして素直に喜んでいいものなのかな、と考えながら歩くが、ふと後ろを歩いていた優宇の方を見た。
(……消えた?)
この雑踏に飲まれてしまったのだろうか、さっきまで後ろを歩いていた優宇の姿が忽然と消えていた。
さてどうしたものか、と路地の端に移動し立ち止まってみる。
染髪で様々な色の頭が蠢く中、あちこち目を凝らして見渡す。
その中から、桃色の頭がちらほらと見え隠れするのが視界に映った。
それを見つけた瞬間、俺は見逃すまいとそちらを注視してずんずんとそちらに近付いて行った。
「おい優宇、こっちだ」
「あ。天信さん!よかった、はぐれたかと思いました」
俺を見つけてほっとする表情を浮かべる優宇。
「ちょっと余所見してたら、あっという間に見えなくなってしまいまして…」
「まあ、これだけ人がいればな…つーか、よく余所見して歩けるな…」
「他の出店も気になるもので、つい。でも次は気をつけますね」
そう言って苦笑する彼女だが、やはり賑わいを見せる出店は気になるのだろう。
俺はふうっと息をついた後、意を決した気持ちで言葉を切り出す。
「…しっ…仕方ねーな……ほ、ほらよ」
「?」
俺は外方を向きながらぎこちなく、左手を差し出す。
横目で確認したが、優宇は不思議そうにその手を見た後、再び俺の顔を見た。
「…その、手繋げばはぐれたりしねーだろ…それに俺が先歩けば、お前も出店見て歩けるだろうしよ…」
「ああ、なるほど!」
「かっ、勘違いすんなよ!これはあくまではぐれない為であって、別に深い意味はねーからな!」
「はい、分かりました!では早速、お言葉に甘えて」
「!!」
躊躇なく俺の手を握ってくる優宇。
その手が触れた瞬間、俺の顔に限らず耳までもが一瞬にして熱くなった。
が、それを見られまいと顔を思い切り逸らし、すぐさま雑踏へと踏み出す。
「こっ…今度はぐれたら、もう知らねーからな!」
「はい、しっかり握ってますから大丈夫ですよ」
後ろを歩く彼女はきっと、出店を楽しそうな表情で眺めながら歩いているのだろう。
それでもその右手は、はぐれまいと俺の左手をしっかりと掴んでいる。
俺よりも、一回り以上は小さい彼女の手。
その手の感覚と今日彼女と共に過ごしたこの時間を、大げさかもしれないが俺は生涯決して忘れる事はないだろう、と思った。
*END*
* * * * * * * *
天信は手を繋ぐだけで一杯一杯です。しかも言い訳付き(^p^)
21:56|comment(0)